|
|
春は人間社会もお引っ越しのシーズンですが、実は動物園でもお引っ越しがよくあるシーズンなのです。先日も、愛媛県立とべ動物園からクロサイの雄、中国の上海動物園からピューマの雄が天王寺動物園に仲間入りしたところです。さて今回は、私が動物園で働くようになってから経験した動物の引っ越しについてお話したいと思います。 まずは、私が新米の飼育係の頃に担当していたカバの引っ越しです。当時、新しいカバ舎に建て替えるということで「新カバ舎建設プロジェクト委員会」が発足し、私もカバ担当者としてメンバーの一員に入っていました。新しいカバ舎は、日本で初めて水中の行動が観察できるガラス張りのプールでろ過装置も備えるということでワクワクしていたのを思い出します。新カバ舎の建設が進むにつれて、体重が3t近くもあるカバをどのように引っ越しさせるのかという議論も並行して進められました。はじめに、カバの輸送檻(おり)について議論されました。動物園には通称「工場」と呼ばれている作業場で、溶接や電気関係などの特別な技術を持った職員が働いているので、当園のカバのサイズに合わせた自家製の檻(おり)を作ろうということになり、お互いに何度も話し合いを重ねやっとのことで檻(おり)が完成しました。今でもこの檻(おり)は、他園のカバを輸送する時にも貸し出されるほど立派なものです。 いよいよ、新カバ舎も完成し引っ越しの日が近づいてきました。本来、動物の移動は数日前から檻(おり)を設置して輸送檻(おり)に動物を馴らすのですが、当時の旧カバ舎の構造上ぶっつけ本番で2頭のカバを順番に檻(おり)に入れて一日で引っ越しせざるを得ませんでした。
旧カバ舎に設置した移動用檻(おり) まずは、食欲旺盛で物怖じしない雄のテツオから捕獲することになりました。2頭とも引っ越しの前日は餌を控えめにしておき、お腹を空かせた状態で檻(おり)に好物のサツマイモや新鮮な牧草などで檻(おり)におびき寄せる作戦です。予想通りお腹を空かせたテツオは餌の匂いに誘われて檻(おり)に近づきましたが、手前でピタッと止まってしまいました。あらかじめ檻(おり)にはテツオの糞や尿で匂い付けをしていましたが、檻(おり)に足を踏み入れようとはしてくれません。私は、檻(おり)の前方に立ち、餌を持ってテツオを呼び続けました。少しずつ前に進み餌を食べ始めましたが、肝心の後ろ足を檻(おり)に入れてくれません。このままでは2頭のカバをその日のうちに引っ越しさせることはできないと思い、丸さんというベテラン飼育係に相談をしました。すると、丸さんが「わしがテツオを押し込む」と言いました。それを聞いた私は、いくらベテランの丸さんでも、あの巨体を押し込むのは無理と思いましたが、丸さんは太さが5cmしかない木の棒を片手にテツオの後ろ側にそっと回り込み後ろ足の裏あたりをちょんちょんと突きました。するとテツオは前に進み檻(おり)に入ったので私は慌てて扉を閉めました。あんな細い棒で巨体を操るなんて、さすがベテランは違うなと驚きました。その後テツオは大型クレーンで吊り上げられトラックで新カバ舎に無事到着しました。
トラックに乗せて移動 新カバ舎に移動檻を設置 いよいよ神経質で怖がりの性格のナツコの番です。テツオが檻(おり)に入る姿を一部始終見ていたナツコは檻(おり)に入るどころか、プールから上がろうともしません。そこでプールの水を抜き、ブルーシートでナツコを囲み檻(おり)に追い込む作戦に切り替えました。何とか、ナツコを檻(おり)に入れ2頭とも新カバ舎に引っ越しすることができました。食欲旺盛なテツオは、すぐに新しい環境に慣れてくれましたが、ナツコはなかなか慣れてくれず餌を食べてくれるまでひと月近くかかり信頼を取り戻すのに苦労した事を思い出します。
新カバ舎放飼場のテツオ
次はクロサイのお引っ越しです。クロサイは自然破壊や密猟が後を絶たず絶滅が危惧されています。日本国内だけではなく、世界中の動物園が協力し合いクロサイを守る取り組みを進めています。そこで、当園生まれの当時2歳になるサミーがイギリスのチェスター動物園に婿として引っ越しすることとなりました。カバでの経験を生かし、引っ越しの2カ月くらい前からサミーを檻(おり)に馴らすことにしました。初めの頃は檻(おり)を見ただけで「フーン!フン!」と怒り、なかなか中には入ってくれませんでしたが、大好物のバナナやカンパンを使って徐々に慣れさせ檻(おり)の中で落ち着いて餌を食べてくれるようになり、終盤になると早く檻(おり)に入れろと扉を角でゴンゴン突くようにまでになりました。引っ越しの当日は、チェスター動物園の方もサミーを迎えに来ていて緊張していましたが、私が動揺していることがサミーに知られてしまうと、「ん?何かいつもと違うぞ?」と感づかれてしまい、檻(おり)に入ってくれない可能性があります。私は平常心を保つように自分に言い聞かせ檻(おり)の方に向かい、いつものようにサミーを呼びました。サミーは何も気にせず檻(おり)に入り、私はホッと胸をなでおろしました。檻(おり)に閉じ込められた事に気付いたサミーは多少暴れましたが、鎮静剤の注射を打って落ち着いた状態で飛行機に乗ってイギリスへ旅立って行きました。
チェスター動物園に貸し出されたサミー(2002年3月頃) 天王寺動物園を出発する日、捕獲檻(おり)に入ったクロサイのサミー(2002年4月)
その後、チェスター動物園より無事到着したと連絡があり、数カ月後には雌のクロサイと一緒に暮らしている写真も送って頂きました。
チェスター動物園から届いた手紙(なきごえ誌2002年夏号より)
動物の引っ越しは、一歩間違えると動物も人間も大きなケガをしてしまう可能性があり非常に危険です。また、檻(おり)の固定や動物の捕獲方法に問題があると動物が脱走して大騒ぎになってしまいます。今後も安全に動物の引っ越しができるように心がけ、動物たちを守っていきたいと思います。
(中山 宏幸)
|