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動物園で飼育されている動物の引越しは気軽に宅配のお兄さんに頼むというわけにはいきません。そこで登場するのが、我々のような動物園動物の引越しをお手伝いする会社です。今まで、小はアフリカンドワーフマウスから大はアフリカゾウまで、様々な動物の引越しをお手伝いしてきましたが、今回は大型の野生動物の引越しについてお話をいたしましょう。
サイの輸送箱 野生動物、とりわけ脱走した場合、人命はもとより、財産などに深刻なダメージを与える危険性を持つものを“特定動物”といって、国の動物愛護管理法により、何種類かが定められています。この子たちを輸送するときはまず飼育の許可をいただき(厳格な審査があります)そのうえで輸送中、通過する全ての行政機関に何時何分にどこを通過するという届けを行わねばなりません。 野生動物はペット違い、愛情いっぱいに育てても、なかなか打ち解けてくれないものが多く、これを箱に入れて移動するとなると、予想外の大暴れとなることがあります。 このため、安全にかつ、怪我をさせないようにするためのクレート(輸送檻)の構造と、積載車のドライビング・テクニックが必要となります。 動物の能力というものは人間の想像をはるかに超えることがよくあり、大型獣の場合、なんといってもその強度が一番の課題。たとえばサイのクレートは総鋼鉄製で、重量は3.5tというシロモノです。出入り口の前後には直径14cmの鋼管が4本ずつ設置され、怒涛の突進と後退をくい止めます。ゴジラを入れてもさすがにこのクレートではビクともしないであろうと、誰もが思いました。 しかし、このクレートで中国にサイを運ぶ時、キモを冷やすこととなります。 巨大なサイですが、非常に繊細な神経の持ち主で、ほんの少しの環境の変化を敏感に察知し、態度を硬化させてしまうため、クレートへの入れ込み(“箱取り”といいます)がとても困難な動物の一つです。何日も前からクレートを放飼場に設置し、中でエサを与えるなどして警戒心を和らげる作業を行って箱取りの日に備えます。いよいよその日、失敗は許されません。我々輸送する者は普段とは違う雰囲気を察知されぬよう、現場から遠く離れた場所で待機です。動物園のスタッフもいつもと異なるオーラを出さぬよう現場に向かいます。ほどなく、遠く離れた我々の待機する場所まで「ドッカン!!」というものすごい音が聞こえてきました。うまくクレート収容に成功したようでした。さすがのサイも直径14cmの鋼管を突破することはできず、箱の中で地団駄を踏んでいるようでした。が、次の瞬間、ボコッ、という凄まじい音とともに、天井の鉄板がサイの角の形に盛り上がるではありませんかっ! カバはあの体型のため、箱の中に入れてもサイほど大暴れしないと思われるかもしれません。しかし、彼らは突進と後退の2次元の動きのサイと違ってあの短い足で立ち上がって、3次元の大暴れをやってのけ、いつも肝を冷やします。そう、サイの天井への“攻撃”はあまり見たことがありませんでした。でも念入りに溶接して製作したクレートはその猛烈な攻撃に耐えてくれました。 港に着き、中国の貨物船に積み込みです。超大型のフォークリフトで船内に運び込み、船の床にクレートを下ろした時でした。床は鉄板です。クレートも総鉄製で、当然、床とクレートの摩擦係数は小さくなるのですが、まさかサイをいれ総重量5t近い箱がそう簡単に動くはずはないと誰もが思っていました。が、フォークリフトがクレートを床に置いた刹那、中でサイが大暴れ! 彼が暴れるに合わせて、ズリッ、ズリッと箱が移動…。船員の皆さんが慌ててアンカー(船の床に設置したフック)に係留し、事なきを得たのでした。ご安心ください、ゴジラが入っても壊れることがないように頑丈に作られた箱は破壊されることなく、無事に中国の動物園に到着しました。
サイの輸送(中国太倉太倉港) 輸送箱に入るゾウ
サイでもこれほどの大騒ぎです。では、ゾウはどうなるのか…。 ゾウのクレートも戦地に持ってゆけばそのまま要塞になるのではないかと思われるシロモノです。総鋼鉄製、重量5.5tという堂々たるものです。この中にゾウが入れば、総重量9tを超えることもあります。ですから、ゾウを入れたクレートを輸送車両に積み込む際も、100t吊りというこのまま地球でも釣り上げてしまうのではないかと思われるバケモノのような超大型クレーンをチャーターしなければならないということがあります。
ゾウの輸送箱降ろし
のっぽのキリンも大変な輸送になります。この動物もサイに劣らず臆病で、個体によっては事前設置がひと月もかかってしまうこともありました。キリンは背が高く、そのままでは公道を通行できないので本体と天井が分かれた箱を使います。キリンが箱に入ってから少しかわいそうですが、ブルーシートなどでお辞儀をさせ、首を前に倒した状態で天井をはめ込みます。 動物の輸送箱は前後左右ぴっちりとその動物にサイズを合わせたほうが中で暴れられないので都合がいいように思われますが、実はこれが極めて危険。特に中で動物が完全に反転することができない中途半端な広さの場合、首を骨折して死んでしまうなどという事故が発生します。また、閉所に閉じ込め、ショック状態におちいると、動物はアドレナリンというホルモンの血中濃度が急激に上昇することがあります。このホルモンは量が多過ぎると体温や心拍数が限界以上に上昇し、いわゆる“アドレナリン・ショック”という状態になって死に至ることもあります。このような理由で、キリンやシマウマのクレートは中で動物がある程度動けるようにほぼ正方形になっています。 野生動物の輸送は様々な状況で思いもよらない事態が発生します。我々はできうる限りの適切な対応ができるように日々、輸送箱の構造の改良や輸送テクニックの向上に努めおり、勉強が毎日です。
(さとう てつや)
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