【獣医室から】陰ながら支えていました


 昨年の11月25日、天王寺動物園では実に16年ぶりとなるホッキョクグマの赤ちゃんが誕生しました。全国的なホッキョクグマの繁殖プロジェクトに天王寺動物園も協力する形で、様々な工夫や準備をした結果、見事に赤ちゃん誕生となったわけです。ほとんどは飼育員があれこれ悩み、考え、工夫してうまくいったので、それは飼育員が書いた記事を読んでくださいね。ここでは、実はこんなことを陰ながらやっていましたというのをご紹介したいと思います。

 どの動物でもそうですが、繁殖に向けての大きな山は妊娠です。妊娠するためには、ちゃんと卵巣が周期的に働いているかなどがポイントになってきます。それらを知るために、ホルモンの濃度を測定します。ただ、クマの仲間には偽妊娠という、妊娠していないのに妊娠した時と同じようなホルモン状態になる現象があります。なので、本当に妊娠しているのかどうかは、実はこの検査だけではわかりません。また、測定そのものは機械や人数などの制約があるので、動物園ではできません。大学と連携して、濃度を測定してもらいました。私が実際にやったのは、繁殖に関連した行動記録のまとめと、ホルモン測定の材料となる糞(ふん)サンプルを大学に送ることぐらいでしたが。

 プロジェクトの一環で雌のバフィンが天王寺動物園にやってきてから、この糞(ふん)の中のホルモン濃度の測定は続けていました。バフィンのホルモンの動きは、毎年ほぼ決まった発情期があり、この際にはきっちり数値が上がる、かなりわかりやすいものでした。グラフの矢印は、妊娠(偽妊娠)にからんで上昇するホルモン(青)が、通常上がってくる時期を示しています。2011年はかなり大きく上昇しているので、偽妊娠していたと思われます。2012年は、同じ時期(矢印)に、それほど目立った上昇がみられません。この年は、偽妊娠も起こらなかったと思われます。この2年は、いずれも交尾を確認していませんでしたので、あまりホルモンの動きは気にしていませんでした。

 2013年は、交尾を確認していたのですが赤ちゃん誕生とはなりませんでした。この年のホルモンの動きはというと、発情はいつも通りだったものの、2012年と非常に似た動きではっきりと上がってきませんでした。しかし、出産準備に入ってから上昇する可能性がないわけではないので、念のため出産準備をしてバフィンを部屋に閉じ込めました。この間、雄のゴーゴがずっと外泊状態だったことを覚えている人も少なくないのではないでしょうか。

 そして昨年2014年は、10月分までを検査してもらったところ、2013年と大差はないものの、ホルモンの上昇傾向のように思える結果となったため、偽妊娠かもしれませんが、出産準備へと取り掛かりました。出産準備に入ると、飼育員も建物内への立ち入りをしなくなるので、糞(ふん)の採取ができなくなりホルモン濃度の確認はできません。後は祈るのみなわけです。その結果は、ご存知の通り祈りが届いたわけです。

 そしてもう1つ、頑張って準備した甲斐があったものが、部屋に仕掛けた監視カメラとマイクです。カメラや録画機などの機材をそろえ、ホッキョクグマ舎から少し離れたクマ舎の管理室まで配線を引っ張り、そこをモニタールームへと改造しました。赤ちゃんが生まれたことを確認したのもこの部屋。当時カメラの性能等もあって映像ではわからず、マイクから拾った音声のみで、誕生、授乳を確認していました。はっきりと映像で赤ちゃんを確認できたのは、生後10日になってからでした。その後も、飼育員が初めて建物に入った31日目までは、カメラとマイクが頼りという状態が続いていました。これらがなければ、産まれたのは何頭なのか、順調に赤ちゃんが育っているのかどうかなど、非常に重要な情報を得られなかったでしょう。一応胸を張って「陰で支えていました!」といえるかなと思っています。

 

糞(ふん)中ホルモン濃度

糞(ふん)中ホルモン濃度     
青いのが、妊娠すると高い状態で維持されるホルモン。
矢印は、妊娠もしくは偽妊娠でホルモンが上昇してくる時期を示す。

監視カメラの映像。こんな感じで白黒です。

監視カメラの映像。こんな感じで白黒です。


(佐野 祐介)

 

 

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