ホッキョクグマの計画管理について


はじめに

 2014年11月25日に天王寺動物園から素晴らしいニュースが飛び込んできました。待ちに待ったホッキョクグマの誕生でした。母親のバフィンは以前飼育されていた浜松動物園で3回出産を経験していましたが、いずれも成育はしていませんでした。出産後、赤ちゃんが授乳の際に出す「笹鳴き」という声がマイクから聞こえる、という報告を受け、ホッとしたことを覚えています。

 

日本の飼育下ホッキョクグマの現状

 飼育下ホッキョクグマの頭数は全世界的に減少しており、1999年には約150施設で約430頭飼育されていましたが、2013年には136施設、330頭でした。日本国内でも同様に減少しています。日本での飼育施設数と飼育頭数のピークは1995 年の33施設、67頭でしたが2014年末には23施設、46頭でした。

グラフ1


日本のホッキョクグマ飼育の歴史は1902年に東京都恩賜上野動物園で始まり、初めての繁殖は1917年に上野動物園でありましたが、出産後成育には至りませんでした。その後1974年に旭川市旭山動物園において日本で初めて繁殖が成功しました。1917年の初繁殖から2014年まで合計169頭の出産がありましたが、そのうち成育に成功したのは29頭で、成育が成功する確率を求めると17.2%と非常に低い値です。また、海外からの個体の導入も減少傾向にあります。1990年代にはカナダやイギリス、アメリカなどから15頭が導入されていましたが、2000年から2013年にはロシアなどから10頭の導入となっています。この背景には野生下からの導入の減少や欧米の飼育下ホッキョクグマの地域外への移動が減っていること、購入代金の高騰があると考えられます。

 

なぜ難しい

ホッキョクグマだけではなく動物園や水族館で飼育されている動物の中には繁殖が難しいものがいます。自然界の複雑な条件や、動物固有の行動を飼育下で再現するのは困難ではありますが、飼育技術の積み重ねにより重要なポイントが徐々に明らかになってきています。ホッキョクグマの繁殖に関してのポイントは雌の発情の見極め、ペアリングの時期、産室への閉じ込めの時期や産室の構造にあると考えられます。ホッキョクグマは季節繁殖動物で、雌は1-3月に発情します。この時期に雄とペアリングを行い、交尾を行うのですが雌に発情が来ているかどうかを見極めることは難しく、外見上の変化はほとんどありません。このため発情が疑われる雌と雄を檻越しに合わせたりすることで雄の反応を観察します。雌に発情が認められていれば雄は「フゴーフゴー」という荒い鼻息を出したり雌の後ろを追尾したりします。この反応から雌の発情の度合いを判定します。出産の時期は11月から翌年の1月頃に集中しており、自然界では雪の中に掘った穴蔵の中にこもり出産を行います。

図1

 

この穴蔵のことを産室とよび、内部は「狭く、暗く、静かな」環境です。

写真01

 

飼育下でいかにこの「狭く、暗く、静かな」環境を用意できるかが最も大きなポイントです。少しでも環境が合わなければ育仔放棄や食害につながってしまいます。この時期は多くの飼育施設で最大の注意を払っており、ある動物園では飼育施設の周辺を立ち入り禁止にすることで静かな環境を維持しています。

 

ホッキョクグマ繁殖プロジェクト

 このように日本国内では飼育下繁殖の確率が低く、海外からの個体の導入が減少しているという背景から、飼育下繁殖技術の確立と新たな繁殖計画の立案が急務となっていました。そんな中、2010年に釧路市動物園で飼育されていた雌のクルミと、札幌市の円山動物園からブリーディングローン(繁殖を目的とした貸借契約、BL)によって釧路市動物園に行っていた雄のデナリとの間に繁殖行動が確認されました。これをきっかけに北海道内のホッキョクグマ飼育4施設は「繁殖推進のためのホッキョクグマ繁殖プロジェクト共同声明2010」を発表しました。

 この繁殖プロジェクトの基本方針は①各施設が発情から交尾までの飼育管理や飼育下繁殖のための技術と方法を共有すること。②繁殖適齢期の雌を保有し、交尾および妊娠に至らない施設は繁殖を目指した個体移動を積極的に行うことです。この結果、円山動物園からBLによって旭川市旭山動物園に移動した雌のサツキと旭山動物園の雄のイワンとの間に交尾行動が確認されました。サツキは円山動物園では交尾には至らなかった経緯があったため、個体移動による新規ペアの形成の重要性が明らかになりました。

 北海道内での個体移動の成果を受けて、2011年にはこの動きを全国に拡大した「ホッキョクグマ繁殖プロジェクト2011」を発表し、全国の8つの飼育施設が新たなペア形成のために5頭のホッキョクグマを移動させる計画が動き出しました。移動個体の選出には①過去に繁殖実績があるが、その後長期間成功していない個体②繁殖可能年齢にも関わらず1頭で飼育されている個体③複数頭で飼育されており、ペアの繁殖行動の妨げになる可能性のある個体から行い、協議を行い決定しました。

 

 この一連の新規ペア形成の結果、秋田県の男鹿水族館の雄の豪太と、釧路市動物園からBLで移動した雌のクルミとの間に2012年12月4日に雌のミルクが誕生しました。豪太クルミのペアはペア形成開始1シーズンで出産、成育成功に至りましたが、これは日本のホッキョクグマの繁殖史では初めての出来事でした。また、天王寺動物園の雄のゴーゴと、浜松市動物園からBLで移動した雌のバフィンとの間に2014年11月25日、雌のモモが誕生しました。また、円山動物園の雄のデナリと、豊橋総合動植物公園からBLで移動したキャンディとの間に2013年と2014年に出産が認められていますが、成育には至っていません。

 

おわりに

 繁殖の成功というと一般的には「赤ちゃんが成育すること」にスポットが当たることが多いのですが、筆者はそれだけではないと考えています。交尾が行われること、出産すること、無事に成育することなど多くのステップを経ることで成功に至るものだと考えています。今後も飼育下ホッキョクグマの計画管理活動を通して日本のホッキョクグマの個体数や遺伝的多様性の維持に努めていきたいと思います。

 

 

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