天王寺動物園で飼育しているすべての動物について担当の獣医師を決めているわけではありませんが、アジアゾウについては担当が決まっていました。その担当になって10年以上、出勤の日はほぼ必ず朝夕にゾウの様子を見に行っていました。この1月に動物園にゾウがいなくなって、ゾウ舎に行くことも少なくなり、寂しく感じます。立場上、飼育動物を感情的な目で見ることは少ないのですが、個性がわかりやすく、人間との駆け引きを楽しむゾウは、私の中でも特別な存在だったようです。
アジアゾウのラニー博子(以下、博子)は、前肢の化膿(かのう)が原因で立てなくなり、亡くなりました。肢の化膿(かのう)は昔から繰り返しており、いわば持病のようなものでした。その都度、飼育担当者が患部を洗浄し、薬をつけてくれていましたが、今回はそのような処置をさせてくれませんでした。長年寄り添っているベテラン担当者なら博子に近づいて治療をすることができていたのですが、今回はその担当者にさえ抵抗しました。ご存知のとおりゾウは大きく力の強い動物ですので、嫌がって鼻を振っただけでも、その鼻が人に当たると命に関わります。飲み薬も昔から何度も試しましたが、博子は全く受け付けませんでした。バナナや団子などに薬を埋め込んでも吐き出してしまい、その後しばらくは全ての食べ物を疑ってかかるという有り様でした。注射薬も使いましたが、体の大きさに合わせて大量に投与するのは難しく、何度か繰り返していると注射も嫌がるようになってしまいました。結局、効果的な治療ができないまま悪化させてしまいました。ゾウを飼育することの難しさを改めて認識させられました。
3月に博子のお別れ会を開催し、たくさんの方々に参列していただきました。涙を流された方も多く、博子が皆さんにとって特別な存在であったことを思い知らされました。ほぼ半世紀にわたって天王寺動物園で生きてきたという重みを感じると共に、このように長寿で、大きく、強く、知能が発達していて個性の強いゾウという動物に、また間近で接してみたいと強く思いました。もし、将来またアジアゾウを飼育できるチャンスが得られるのなら、必ず今回の経験を活かしたいと思います。博子が見せてくれた姿を無駄にはしません。
(高見 一利)