【獣医室から】ペンギンも痛風?


 獣医室からということで、意外といわれてみないとわからない話から始めることにしましょう。獣医師は、人間でいうところの内科、外科はもちろんのこと、歯科、薬局を兼ねた仕事をしています。すべての動物の不調に対応しなければならないのです。
動物園には様々な動物たちがいますが、その動物たち専用の薬剤やワクチンがあるわけではありません。たとえば、犬猫用の注射薬はイヌ科のオオカミ、ネコ科のジャガーに応用して使うことになります。論文データや長年の経験から、家畜用の薬を爬虫類に使うこともあるのです。じゃあチンパンジーは?となると、ここで人間用の薬が登場することになります。検査ひとつにしても、哺乳類には使えるけれども、鳥類には使えないといった方法や項目も出てきます。それはなぜか?代謝の仕組みが違ったり、血液の性質が違ったりするからなんです。

 

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 さて、題名のペンギンの話に入りましょう。ある日、ペンギンが跛行(はこう)しているのが目に入りました。左足が痛いのか、ペタペタと歩くリズムのバランスが悪いのです。個体情報をもとに飼育員と相談し、早速捕獲、診察となりました。足の裏にはウオノメのようなものができかけており、趾瘤症(しりゅうしょう)と診断しました。加えて血液検査をしてみると、尿酸値も高くなっていました。蛋白質の代謝で発生する有害なアンモニアを、人間は無毒な尿素に変えて尿として排泄(はいせつ)しますが、鳥類は固体の尿酸に変えて、糞(ふん)と一緒に排泄(はいせつ)します。その尿酸の生成が多くなりすぎたり、排泄(はいせつ)が少なくなったりすると血液中の尿酸が多くなり、その結晶が臓器や関節に現れ不調がでてきます。

 

写真2

 

 人間と仕組みは全く一緒というわけではありませんが、プリン体の多いビールを飲まなくても?“痛風”になってしまうのですね。人間をはじめチンパンジーなどの霊長類や鳥類では、尿酸を分解する酵素を持たないため、うまく体外へ出すことができないと溜(たま)まってしまう運命になっているのです。
その個体には、趾瘤症(しりゅうしょう)の治療と尿酸値を下げる薬を投与することになりました。人間の痛風用の薬です。普段はアジを餌として与えているのですが、より嗜好性(しこうせい)が良いシシャモに薬を仕込んでもらうことになりました。薬入りのシシャモでしたが、当のペンギンは美味しいものが毎日食べられるので喜んで寄ってくるようになったそうです。跛行(はこう)は1週間ほどで良化し、その後の検査でも尿酸値は正常値まで低下していました。獣医師として、薬の効果が出たうえに症状も緩和されたことは喜ばしいことですが、それ以上にその愛らしい姿のおかげで、大勢いる群れの中でも、いっそう気をつけて観察してもらえる存在となったことも、うれしいことでした。

(図師 尚子)

 

 

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