私は子どものころから野菜の好き嫌いが多く、ピーマンやセロリは今でも苦手です。そもそも味の感じ方ってみんな同じ?私が他の人よりも味に敏感であるだけでは…そんな疑問から私は味覚の研究を始めました。実際に勉強してみると、キャベツやダイコンなどのアブラナ科の野菜や柑橘(かんきつ)類の果実に含まれる苦味に対して、うまれもった遺伝子の違いで、感受性の高い人、低い人がいることがわかりました。さらに、チンパンジーでも同様の違いがみられていました。そこで私は、身近なニホンザルでもこの遺伝子に違いがあるかどうかを調べました。
日本には北は下北半島、南は屋久島まで、様々な地域にニホンザルが生息しており、主に果実や種子、若葉を食べています。17地域に生息するニホンザル597個体を対象に、この遺伝子の違いを調べたところ、ほとんどのニホンザルでは感受性の高いタイプを持っていましたが、紀伊半島の集団では感受性の低いタイプをもつ個体がいることがわかりました。では実際、どのようにこの苦味を感じているのか。苦味物質を含む水、含まない水を同時に給水瓶で与えて、ニホンザルの苦味感覚を調べました。しかし、敵も「サルもの」。軽く固定しただけの給水瓶はすぐに外され…まさにサルとの知恵比べ。試行錯誤のすえ、ニホンザルでも遺伝子の違いに応じて、苦味の感受性に個体差があることがわかりました。
またその後の解析から、この集団では、感受性の低いタイプが、高いタイプよりも有利になり急速に集団中にひろがったことが推測されました。紀伊半島には日本で最初の柑橘(かんきつ)類のタチバナが自生していた歴史があり、このことが感受性の低いタイプがひろがったことと関係しているのかもしれません。サルの仲間には昆虫・果実・葉、それぞれを主食とする様々な種がいます。彼らが食物の味をどのように感じているか、遺伝子の力を借りて明らかにしていきたいと考えています。
「野菜もしっかり食べなさい」と2歳の娘に言いながらも、いまだに苦手な野菜があることは娘にはナイショです。好き嫌いの背景にある遺伝子のことを考えてはみるものの、やはり野菜も食べてほしいというのが親の本音です。