チンパンジー舎から新年のごあいさつ


 明けましておめでとうございます。今年は申年、ということでチンパンジーで原稿をよろしくと振られたのですが、一瞬、チンパンジーと干支はそんなしっくりこないなぁ、と感じてしまいました。日本語で猿という場合は古くはニホンザルだけを指していたイメージのせいでしょうか、それともチンパンジーはサル目ヒト科に属するからでしょうか。とはいえせっかくの機会なので天王寺のチンパンジーたちについて知っていただければと思います。

 ちなみに干支の十二支は元々中国の農業用語で、申は猿とは関係なかったのですが、一般人が覚えやすくするために、なじみある動物を当てはめたそうですよ!猿はやはり昔から日本人になじみの深い動物だったのですね。

チンパンジー舎から新年のごあいさつ

 現在天王寺動物園には6人のチンパンジーが暮らしています。リッキーミナミプテリレモンの4人とレックスミツコの2人のグループに分けて生活しています。担当になって最初の頃は正直、朝動物舎に入るのがかなりのプレッシャーでした。どんな動物でも担当と認めてくれるまで、ある程度時間はかかるものですが、チンパンジーは本当に感情表現豊かな生き物ゆえ、表現もストレートなのです。冷静に考えると「さあ明日から先輩の後を受けた私がみんなの生活をサポートしますよ!」といわれても信頼できないよ!というのは当然なのですが、こちらとしては試されるような対応をされる毎日は精神的になかなか厳しいものがありました。

 そんな中、私の唯一の心のよりどころは雄のリッキー。チンパンジーは人間の性別も理解しているので、先輩たちにも「雄のチンパンジーは女性にはそんなに当たりは強くないはず」といわれており、その通りリッキーは仕方ないなぁという対応ながらも私の呼びかけに答えてくれることが多く見受けられました。

 しかし、雌のミツコの当たりのきついことといったら!ミツコはどちらかというと体格のいい男性飼育係が好きなようで、最初しばらくは手渡しで餌を渡すときも払いのけてくるしまつ。以前、担当していた女性の同僚に聞いてみると「寝室の前を歩くだけで扉を叩いてくることもあった」とのことなので、思い込みはよくないとは思いつつもミツコの信頼を得るにはもう少し時間がかかりそうです…。屋内展示室にいる時も女性のお客さんが顔を近づけるとガラス越しに叩いていることがあるので、何もしてないよ〜とたまに呟いてしまうことも。

 そして、女性には当たりはきつくないはずの雄のレックス、以前先輩と一緒に担当している時は少し臆病な性格のイメージだったのですが、普段一緒にいるミツコが私にきつく当たるのを見ているせいか、私への当たりも最初に比べると一時期かなりきつめの対応になってきたのには参りました…。それだけが原因ではないと思いますが。

 最年長のプテリレックスのお母さん、年の功もあって本当に賢く思慮深い性格です。投薬をしようと好物に薬を混ぜて飲ませようとしても普段と違うことにはすぐ気づき、自由気侭(きまま)なレモンのサポートもしたりと、できた性格です。チンパンジー飼育の大先輩にチンパンジーはこちらの思っていることなどしっかり見透かしているから、まず自分からチンパンジーを信頼すること、という言葉をもらいましたが、特にプテリには全て見透かされているんじゃないかと思うことも多いです。

チンパンジー舎から新年のごあいさつ

 そして行動を見ていると自由だなあ、若いなぁと感じるレモン。小さい頃からプテリと一緒にいることが多いです。甘えん坊のところもあるミナミプテリとあまり仲良くはないのですが、成長してきたレモンプテリミナミの間でどちらにつくか揺れている時も多いように感じます。

 とはいえ、上記は今年の4月から約半年の見習い期間後、現在まで、まだチンパンジーの新人飼育係が気づいている性格や関係性です。チンパンジー同士の関係性も私との関係性も時間が経つにつれ変わってくるでしょうし、寄り添いながらも冷静に、まだ各個体の知らない部分を知ってよりよい生活のサポートができるよう努めたいなと思います。

 天王寺のチンパンジー観察でお薦めの時間帯は開園直後です。屋外展示場に出たチンパンジーたちは外の様子を高い場所にのぼって眺めたり、隠したピーナッツを枝を使って取ったり、日によっては好きな場所で青草や樫の枝を食べたり、と思い思いに過ごします。以前のオランウータン担当者が挿し木で増やしたイヌビワは、チンパンジーも大好物なので切って渡すと喜んで食べています。冬場は展示場にワラを入れているので、昼からはベッドを作って寝転んでいることも多いです。

 高いところで悠々と葉っぱを食べている姿を見ると、かっこいいなあと思う反面、どんどん狭くなって行っている動物たちの生息域のことも頭に浮かびます。飼育係は動物園にいる動物たちが健康で快適な生活を送るためのサポートが大きな仕事ですが、動物を知ることによってその動物たちが住んでいる環境に思いをはせてもらうきっかけ作りもできればと思います。

 保全活動というと頭に浮かぶのは寄付や直接的なサポートかもしれませんが、例えば普段使っているものを無理なく見直すことからでもできることはたくさんあります。いつも食べている・使っているものの原料はどこから来たのか?動物のためにあれはダメ、これはよくないだけではなく、こっちを使った方がいいかな、と楽しみながら生き物に思いをはせるきっかけ作りもできるよう、今年もチンパンジー達によろしく頼むね、といいながら仕事に励みたいと思います。

チンパンジー舎から新年のごあいさつ

 

(仁木 美智子)

(写真撮影:稲田 浩司)

 

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