天王寺動物園「なきごえ」WEB版

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新生活様式と動物園教育のこれから

 天王寺動物園では、動物についての理解や、自然環境や生物多様性への気づきを与えることを使命のひとつとしています。それを達成するために、2018年(平成30年)に『天王寺動物園教育ポリシー』を策定し、動物のすがたやパネル、イベントなどにより「自ら考え、野生動物や環境保全、生物多様性の保全につながる行動ができるヒト」、「あらゆる生きものの命を大切にするヒト」を育む場となることを目指しています。動物園での教育活動の軸となるのは、やはり動物たちです。世界中の動物たちが目の前で生きているというリアリティは何ものにも代えようがありません。また、近年では日本人が野生動物と出会う機会がめっきり減っており、日本に生息する生きものに出会い、その存在を認識する場としても重要です。環境問題や野生動物の保全活動と言われても、「自分には関係のないこと」と感じてしまうことが多いと思います。動物を愛でたり、親しみを感じたりすることで、遠い国の問題を近く感じることができ、より多くの方が何かしらのアクションをとるきっかけとなることが動物園の存在意義のひとつと考えています。

 年間160万人を超える来園者を迎える天王寺動物園は、それだけ多くの方へ教育の機会を提供することができる貴重な教育施設なのです。しかしながら、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、3月3日~3月23日および4月8日~5月25日に臨時休園を余儀なくされました。全国、全世界の動物園や水族館だけでなく、博物館や学校など、あらゆる教育施設を一時的に閉めざるを得なくなりました。世界中の人々が、唐突に教育の機会を失ってしまったのです。臨時休園が明けてからも、来園者が集まってしまうことからイベントは中止し、ヒトから動物への感染の可能性がわかっていないことから“ふれあい広場”の閉鎖が続いています。社会全体としても、積極的に外出しない、外出しても会話を控えるといった感染予防策が普及し、動物園から来園者へ知識や情報を伝え、環境や野生動物にやさしい行動を促すことが難しくなっています。

 このような情勢の中、インターネットを介した教育活動をすることは、必然のように感じます。大学はすぐさまオンライン授業へ移行し、小学校から高校までは設備が整う学校から順次導入していきました。天王寺動物園では以前からスタッフブログやSNSで園内のようすやニュースを発信していましたが、臨時休園中は頻繁に更新し、動物たちの普段のすがたや、開園中には見ることができない裏側のようすを積極的に発信しました。YouTubeでのライブ配信にも挑戦し、チャット機能を通して視聴者とやり取りし、動画配信では感じることができない臨場感を提供できたのではないかと感じています。YouTubeの配信は何度か実施し、“ライブ”にこだわりました。ライブ配信では、動物が今まさに行動しているようすを見ることができ、その場にいる動物園職員に視聴者がコメントや質問を投げかけることができ、その瞬間に画面を見ている視聴者へ職員が返答できるという、“リアリティ”の提供が可能となります。配信中に通信状況が悪くなったり、映像に映らないところで撮影者の足にちょっかいを出す動物がいて画面が揺れたりと、アクシデントに見舞われることもありましたが、それも“リアリティ”の一部と思って大目に見てくれるだろう…と勝手に思い込んでいます(笑)。

YouTubeライブ配信の様子

YouTubeライブ配信の様子

  また、ターゲットを小学4年生~6年生にしぼった『天王寺動物園教室@オンライン』を8月8日~10日に開催し、1クラス6名を上限とした6クラスで野生動物とゴミ問題をテーマとして、参加者それぞれが野生動物を守るためにどのような行動をとるのかを「My行動宣言」として考えてもらい、それを実践するよう促しました。

天王寺動物園教室@オンラインのテキストの一部

天王寺動物園教室@オンラインのテキストの一部

事後の保護者へのアンケートでは、回答を受け取った参加者のうち82%の参加者が受講当日にMy行動宣言について保護者と話し、1週間以内で見ると全ての参加者が話をしていました。また、My行動宣言を実行したのかを聞くと、88%が1週間以内に実行していたそうです。ちなみにMy行動宣言の内容はというと、「ゴミを分別する」、「ゴミを減らす」、「ポイ捨てしない」といったゴミに関することや、「学んだことをまわりのひとにも伝える」、「エコバックを持つ」、「いらないものを買わない」といった宣言も出ました。各参加者が自分自身の生活に引き寄せ、自分なりにできることを考え、実践してくれたと感じています。

参加者の保護者への事後アンケート結果

参加者の保護者への事後アンケート結果

参加者の保護者への事後アンケート結果

 動物園での教育では、動物自身やその動物が野生で暮らす環境などに気づきや関心を持ってもらうだけでなく、来園者ひとりひとりが考え、動物や自然のためにどのような行動をとってもらうのかまで考えなければいけません。ひとつの行動が小さくても、多くの市民がその行動をとるようになると大きなインパクトになります。毎年多くの来園者を迎える動物園の教育効果は、はかり知れないのです。現在は新型コロナウイルス感染症の予防のため、全国の動物園では積極的にオンラインで情報や教育コンテンツを発信しています。しかし、この情勢が収束した後、インターネットを利用した積極的な発信を継続する理由が薄らいでくることを懸念しています。動物を通常通り見ることができなかったり、情報の提供機会が少なかったりする現状では、動物のようすをSNSなどで発信するということは理にかなっています。反対に、動物園が以前と同じように教育活動やイベントを実施できるようになった場合、オンラインで積極的に発信する目的が違うものに置き換わらなければなりません。たとえば動物園へ来園する動機づけ、事前学習のコンテンツ、来園時の情報提供、動物園を出た後に行動を促す仕掛けなど、とても大きなポテンシャルを秘めていることに気づかされています。動物園で見ている動物たちも、遠い国の自然破壊も今まさに起こっていることであり、その“リアル”をつなぐパイプ役として、オンラインでの発信の重要性が増してくるはずです。

(井出 貴彦)

 

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