天王寺動物園「なきごえ」WEB版

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新型コロナウイルス

 皆さま初めまして、蓮井雅之と申します。2020年3月まで帝京科学大学大学院アニマルサイエンス専攻に在籍していました。大学在学中は天王寺動物園で飼育されているホッキョクグマのイッちゃんに対する環境エンリッチメント(注1)について研究を行ってきました。そのご縁もあって現在もゴーゴイッちゃんの行動観察をさせていただいています。

 動物の管理において行動観察は非常に重要になります。行動観察を行うことにより観察個体が普段どのような暮らしをしているかが分かります。また私が研究してきた環境エンリッチメントについても行動観察が重要になります。環境エンリッチメントにはSPIDERモデルというものがあり、目標設定(Setting Goals)、計画立案(Planning)、実行(Implementing)、効果の記述(Document)、評価(Evaluation)、再調整(Re-Adjusting)の頭文字をとったものになります。このサイクルを回してより良いエンリッチメントをおこなっていくことが大切ですが、初めの目標設定(Setting Goals)の時点で行動観察をおこなっておく必要があります。普段どういった行動を発現しているかをきちんと把握し、環境エンリッチメントをおこなうことでどういった行動を引き出したいのかを考え、どんな変化が現れたのかを確かめる必要があります。

 私が学部生から修士課程にかけておこなってきた研究でもイッちゃんの行動観察を行ってきました。まず卒業研究では三角コーンやブイといったエンリッチメントツールが常同行動(注2)にどのような影響をあたえるか調査するために2017年7~8月にかけて15日間イッちゃんの行動観察をさせていただきました。

イッちゃん

イッちゃん

ゴーゴ

ゴーゴ(写真提供:とうしば やすこ氏)

 15日間の行動観察は非常に苦しいものとなりました。まずは夏ということもあり炎天下の中、開園から閉園まで展示場の前で観察をしなければなりません。もちろん途中休憩(1時間に10分くらい)をはさみながら行動観察をおこないましたが暑さと疲労で何度も心が折れそうになりました。また、動物園での行動観察では来園者の方々の邪魔をするわけにはいきませんのでイッちゃんが見えるポジションを譲ると観察ができなくなります。来園者の邪魔をせずにうまいこと観察出来ないかと試行錯誤するのも大変でした。それから私が在学していた帝京科学大学東京西キャンパスは山梨県にあるため大阪府の天王寺動物園への遠距離というのも難しいところがありました。本来なら多くの観察期間をとってデータ数を増やしたかったところですが、遠距離ということであまり観察期間を作れずホッキョクグマ担当の方と直接会って頻繁にやりとりすることもできませんでした。

 修士課程ではこの問題を解決できないかと思い帝京科学大学(山梨県)にいながら天王寺動物園(大阪府)のイッちゃんの行動観察をする方法を考えました。そして見つけたのがクラウド監視カメラです。クラウド監視カメラは専用のカメラで撮影した映像を、遠隔地のPCやスマートフォンで確認することができるカメラおよびクラウドサービスのことで、カメラで撮影した映像データを、カメラからインターネットを介してクラウド上にアップし、クラウドにアクセスしてリアルタイムの映像を閲覧、あるいは録画したデータの確認が行える仕組みとなっています。クラウド監視カメラは、撮影データをカメラから直接クラウド上に記録するため、記録を保管するハードディスク(ビデオテープやSDカード)が不要となり飼育員の方にデータを送ってもらうという手間も省けるためあまり負担をかけずに遠隔行動観察を実現することができました。

クラウド監視カメラ

クラウド監視カメラ

クラウド監視カメラで撮影した映像

クラウド監視カメラで撮影した映像

 修士課程ではこのクラウド監視カメラを用いて2019年6月~9月の間、計39日間を天王寺動物園に行くことなく大学(山梨)から観察することができました。また、このクラウド監視カメラを使用することで2020年2月から3月にかけておこなわれたゴーゴイッちゃんの同居の様子も観察することができました。夜間の様子も撮影が可能だったため交尾の回数や交尾をした時間帯などを記録し情報提供いたしました。小規模ではありますが寄付を募りエンリッチメントツール(枝肉、昆布など)を購入し、ゴーゴイッちゃんに与えてエンリッチメントの効果を測定するという活動もしています。

 コロナウイルスの影響下でも行動観察を継続できているのはクラウド監視カメラを使用しているからで、こういう状況になって改めてリモート行動観察は必要だなと感じました。このリモート行動観察の方法がもっと広がれば良いなと思っています。

 このクラウド監視カメラによるリモートでの行動観察はコロナウイルスが蔓延する前から考えていました。それはコロナウイルスの影響を受ける以前からリモートワークに注目していたからです。リモートでできることが増えればもっと良い社会になっていくと思います。動物園も例外ではありません。私が考えたのはリモートでの行動観察ですが他にも様々なことに応用できるかもしれませんので、このコロナウイルスの機会を契機に動物園にもリモートに限らず様々なテクノロジーを応用してより良い動物園を作っていくことを望んでいます。

(注1)環境エンリッチメント:「動物福祉の立場から、飼育動物の“幸福な暮らし”を実現するための具体的な方策」のことを指します。動物園での飼育環境は、動物たちが長年かけて適応してきた本来の生息地の環境と比較すると、どうしても、狭く、単純で、変化が少ないものになりがちです。そこで、こうした飼育環境に工夫を加えて、環境(environmental)を豊かで充実(enrich)したものにしようという試みが環境エンリッチメントになります。天王寺動物園のホッキョクグマでも餌を隠して探査行動を引き出したりブイや三角コーンといったエンリッチメントアイテムを用いて環境エンリッチメントを行ったりしています。

(注2)常同行動:常同行動は飼育動物の異常行動として多くの動物種で報告されているもののひとつです。同じ行動を定型化したパターンで何度も繰り返しますが、その目的や機能ははっきりとしないものを指しています。イッちゃんは首を大きく振りながら後ろに下がる、ゴーゴは同じ場所を行ったり来たりする常同歩行が見られます。単独飼育や狭いスペースでの飼育など、その動物種にとって理想的でない環境で発達すると考えられており、適切ではない福祉の指標として用いられることも多いです。そのため、常同行動の発達を予防し、常同行動の頻度を減少させるためにも環境エンリッチメントが重要とされています。常同行動が一旦定着すると、一見望ましくない環境要因が何もないときにも発現することも多く、またすでに定着した行動をなくすことは非常に困難です。そのため、常同行動は動物の福祉状態を類推するひとつの手段にはなりえても、それだけで判断することには注意が必要な場合があります。

(はすい まさゆき)

参考文献
市民zooネットワーク
 http://www.zoo-net.org/
SHAPE-Japan
 http://www.enrichment-jp.org/
アスピック
 https://www.aspicjapan.org/asu/article/1661

 

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