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新型コロナウイルス

 皆さんご存知のように、今、「新型コロナウイルス」が世界的に流行して、大変なことになっています。このウイルスは1ミリメートルの1万分の1の小さな球状の形をしています。ウイルスは、ばい菌(細菌)と違って自分で増えることはできません。他の生き物の「細胞」の中に入り込んで、細胞の中の色々な装置を借りて自分を増やします。細胞は生き物の最小単位です。僕たちは何十兆の細胞からできています。細胞はだいたい1ミリメートルの100分の1の大きさです。

 コロナウイルスはほ乳類や鳥類でたくさん見つかっています。今は、少なくとも60種類見つかっています。一番古く見つかったのは、ニワトリと人のコロナウイルスで、1968年に論文で報告されています。そのウイルスは今もニワトリや人の間で流行っています。また、そのウイルスは1968年よりももっともっと昔からいたことは間違いありません。コロナウイルスはほ乳類や鳥類と長い付き合いなのです。

コロナウイルスの分子進化系統樹

コロナウイルスの分子進化系統樹(クリックすると拡大します)

 皆さんから「ウイルスと付き合うなんて、嫌だ!」という声が聞こえてきそうです。しかし、実際にそうなのだから仕方がありません。ヒトのコロナウイルスは今までに7種類見つかっていて、そのうち4種類は冬に流行る風邪としてよく知られています。1968年に見つかったウイルスもその一つです。

 今回皆さんが困っている「新型コロナウイルス」の正式な名前は、SARS(サーズ)コロナウイルス2型といいます。英語で書くとSARS-CoV-2です。このウイルスは動物から突然ヒトに感染して広がったウイルスです。どの動物から来たのかは確定はしていませんが、SARS-CoV-2にそっくりなウイルスは、中国に棲んでいるキクガシラコウモリとセンザンコウから見つかっています。キクガシラコウモリには、SARS-CoV-2に近いウイルスや、2003年に流行したSARSコロナウイルス(SARS-CoV)に似たウイルスがたくさんかかっています。ですので、キクガシラコウモリに今回の新型コロナウイルスの元のウイルスがいたことはほぼ間違いなさそうです。今のところ、キクガシラコウモリから人に直接感染したか、あるいはキクガシラコウモリからセンザンコウ等の動物を介して人に感染して広まった可能性が考えられています。

キクガシラコウモリ(写真提供:浦野 信孝 氏)

キクガシラコウモリ(写真提供:浦野 信孝 氏)

ミミセンザンコウ

ミミセンザンコウ
(SARS-CoV-2に似たウイルスが見つかったセンザンコウの近縁種)

想定される新型コロナウイルス感染症の感染経路

想定される新型コロナウイルス感染症の感染経路

 コウモリは空を飛びますが、私たちと同じほ乳類です。ほ乳類はおよそ6000種類いますが、コウモリはとても多様性に富んでいて、なんと1400種類ほどいるそうです。不思議なことなのですが、コウモリは色々なウイルスと共生しています。今回の新型コロナウイルスもコウモリでは病気を起こしていないようです。このように無害なウイルスを「非病原性ウイルス」と呼んでいます。

 実はウイルスは、「非病原性」のウイルスの方が、「病原性」ウイルスよりも多いとも考えられています。ただ、非病原性ウイルスは病気を起こさないので調べられていないだけなのです。野生の動物にはたくさんの「非病原性」ウイルス(弱い病原性も含む)が感染しています。それが、なんらかの経路で本来の動物(宿主動物)から他の種の動物に感染することがあります。たいていは、他の種の動物に感染してもウイルスはそれほど増えず、その動物では広がりません。ところが、ごくまれに、ウイルスが他の種の動物でもよく増えて、病気を起こしてしまうことがあります。そのウイルスがその動物間で広がると、その動物で新しい「ウイルス感染症」となってしまいます。それを私たちは「新興ウイルス感染症」と呼びます。

想定される新型コロナウイルス感染症の感染経路

 「新興ウイルス感染症」は、すべての動物であらわれます。人ももちろん例外ではなくて、毎年数種類のウイルスが動物から人に感染して広がり、人の「新興ウイルス感染症」となっています。今回の「新型コロナウイルス」も数ある「新興ウイルス感染症」の一つになるのです。動物全体から見たら、おびただしい数の「新興ウイルス感染症」があらわれているはずです。

 「新興ウイルス感染症」が動物であらわれるとどうなるのでしょうか?動物を絶滅させてしまうのでしょうか?様々な新興ウイルス感染症の歴史を見ていると、そのようなことは少なそうです。第一は、新しい宿主動物の中に「新興ウイルス」に強いものもある程度いて、それが生き残るケースです。その場合、ウイルスによって一時的にその動物の数が減っても、やがてもとの数に戻ることが考えられます。第二は、ウイルスの方が変化して弱毒化して、新しい宿主となじんで最終的に共生するケースです。ウイルスの方も変化しながら、様々な動物をわたり歩いて、これまで生き抜いてきたのです。

 今回の「新型コロナウイルス」は多くの人々にとって、憎い存在かもしれません。しかし、これも「自然の摂理」です。私たちはこれを受け止めなければなりません。もしかしたら、近いうちにワクチンが出来て撲滅出来るかもしれませんが、このウイルスの性質を考えるとすぐには難しそうです。新しい薬も出来る可能性があります。しかし、新薬となると年単位の時間がかかります。当面は面倒でもこのウイルスと付き合っていかなくてはならないのでしょう。では、どうしたらいいのでしょうか?

 コロナウイルスは冬に流行ります。新型コロナウイルスも冬に流行ると考えられます。幸いにして、健康な若い人では比較的軽症ですむことも分かっていますが、持病(基礎疾患)をもっている人や高齢者(これらの方を「コロナ弱者」と呼ぶことが多いです)は、重症化することが多く、致死率も高いのです。ですので、「コロナ弱者」はできるだけこのウイルスに感染しない行動を取ることが重要です。ウイルスは唾液や痰、呼気(息)に含まれています。この新型コロナウイルスに感染しても若い人は発症せず、気が付かないことも多いのですが、唾液や咳でウイルスをまき散らすことがあります。ですので、冬になったらみんなが必ずマスクをして、「コロナ弱者」に移さないようにする事が重要です。また、ウイルスが付いた手を、目・鼻・口につけることによって感染する「接触感染」が大きな感染経路になっています。ですので、流行期には、こまめに手洗い(15秒程度の水洗いでも可)をしたり、お手ふきなどで手をしっかりぬぐうことが感染予防に重要です。そして、何よりも大騒ぎしないことです。特に食事中はマスクをしないので、大きな声で話すことは控えましょう。

 「新型コロナウイルス」はとても恐れられていますが、少なくとも日本においては、インフルエンザ並かそれ以下の被害におさまると考えられます。感染に注意することはもちろん必要ですが、過度に恐れることなく日々を過ごされることを私は望んでいます。

(みやざわ たかゆき)

【編集部注】写真のキクガシラコウモリは日本で撮影されたもので、日本のキクガシラコウモリからはSARS-CoV-2に似たウイルスは見つかっていません

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