少し前の話になりますが、2015年6月にドイツ連邦共和国のライプチヒ動物園から雌のクロサイのサミアが天王寺動物園にやってきました。今回は、その時の道中の様子をお伝えします。
サミアは、ブリーディングローンという動物の貸し借りの制度で、ライプチヒ動物園から繁殖のために借り受けています。一方で、1999年に天王寺動物園で生まれたサミーという雄が、やはり繁殖のためにイギリスの動物園に渡り、今までに多くの子孫を残しています。現代の動物園には、このようなやりとりによって飼育動物を維持するとともに保全に役立てることが求められています。国を超えた動物の移動には様々な手続きが必要となり、動物にも長時間の輸送で負担をかけることになりますが、その必要性は確実に高まっています。
サミアの輸送に先立って、2015年5月に事前準備のためにドイツを訪問しました。ライプチヒ動物園の方々やドイツの輸送業者、輸出に利用するフランクフルト空港関係者などと打ち合わせし、輸送がスムーズに進むよう調整を行いましたが、この時初めてサミアと対面しました。体格は今よりまだ二回りほど小さかったのですが、人見知りせず元気に動き回る様子を見て、良いクロサイと巡り会えたと思いました。サミアを入れて運ぶための輸送箱も現地で作られている最中で、細部に至るまで入念な話し合いを行い、仕上げをお願いしました。
ライプチヒ動物園にいたころのサミアです
翌 6月、輸送本番のために再びドイツを訪問しました。細かな修正を施され完成した輸送箱が、サミアの寝室前に設置されていました。トレーニングにより、サミアはすでに自ら輸送箱に入るようになっていました。輸送の段取りの最終確認や、輸送中に万一暴れだしたときのための鎮静剤や吹き矢の準備などを済ませつつ、輸送当日を迎えました。
当日は早朝から作業が開始されました。サミアが輸送箱に入ったタイミングで箱の扉を閉めたところ、最初はかなり暴れましたが、すぐに落ち着いてくれました。クロサイの輸送では、輸送箱に収容する時に鎮静剤を使って動きを止めなければならないことも多いのですが、この時点でサミアが落ち着いた様子を見せてくれて本当に助かりました。輸送箱は巨大なクレーンで釣り上げられて動物舎の外に出され、フォークリフトで大型トラックに積み込まれました。午前11時頃には動物園を出発し、トラックの助手席からアウトバーン(高速道路)の眺めを楽しんでいるうちに、4時間ほどでフランクフルト空港に到着しました。ここまで、全て順調に進んでいました。
空港で輸送箱をトラックから降ろし、用意してあった特別なジョウロでサミアに水を飲ませようとしましたが、うまく飲んでくれませんでした。長いホースを用意してもらいましたが、それでも十分に飲めなかったため、リンゴを食べさせることで水分を補給しました。その後、貨物機に積み込むために輸送箱をパレットと呼ばれる台に固定し、税関や検疫所の検査、書類手続きなどを行っている間に夜になりました。午後9時ごろに駐機場で待つ飛行機に積み込まれ、10時半にいよいよ離陸・・という時になっても、出発する気配がありません。やがてパイロットから、機体の故障で今夜は飛べなくなったと説明がありました。サミアが入った輸送箱は飛行機から降ろされ、動物用の倉庫に戻されました。やはり満足に水が飲めなかったため、大量にリンゴを買ってきてもらってニンジンと一緒に与えたところ、慣れない狭い輸送箱の中でも、よく食べて元気そうにしてくれていました。移送するクロサイがサミアで良かったと思いつつ、私も倉庫の一角で夜を明かしました。
フランクフルト空港で貨物機に積み込む準備がされています
翌早朝に、飛行機の修理が終わったので12時間遅れで出発するとの連絡がありました。再度輸送箱が飛行機に積み込まれ、今度は無事に午前10時過ぎに離陸しました。途中、ロシアで着陸してパイロットの交代と給油を行いましたが、その時に搭乗してきたロシアの検査官は初めて見るサイに興味津々で、やたらと餌を与えたがるのには少し困りました。飛行中は1時間ごとに荷室の温度確認を行い、2時間ごとに照明をつけてサミアの状態確認を行いましたが、サミアは非常に落ち着いており、安定飛行中には寝ていることもありました。15時間ほどのフライトで、朝7時ごろに成田空港に到着しました。
飛行中の貨物機内でも定期的にリンゴを与えて水分を補給しました
成田空港の倉庫で税関と動物検疫所の検査を済ませた後、午前11時頃にトラックで大阪に向けて出発しました。当初は、飛行機の到着が夕方で、トラック輸送は夜間に行われる予定でしたが、飛行機の到着が遅れたため、気温の上がる日中に輸送することとなってしまいました。途中の足止めにより輸送時間が長引いていたこともあり、徐々にサミアの体調が心配な状況となってきていました。トラック輸送中は1時間ごとにサービスエリアで車を止めてサミアの状態を確認し、水分補給のためにリンゴを与えました。サミアはずっとおとなしくしていましたが、静岡県を通過するころから座り込み、やがてリンゴを口にすることもなくなったため、一定の間隔で状態を確認しつつも、とにかく先を急ぎました。(とは言っても、もちろん法定速度での走行です。)
天王寺動物園に着いた時には、すっかり日が暮れていましたが、多くの職員が搬入作業のために待ち構えていました。クレーンで輸送箱をトラックからサイ舎の搬入口に降ろし、箱の扉を開けるとサミアは怖がる様子もなく部屋に入り、すぐに水を飲み、餌にも口を付けました。これを見てようやくほっと安堵し、ほぼ不眠不休で進めた50時間以上に及ぶ輸送作業の疲れが一気にのしかかってきました・・。
天王寺動物園到着後にクレーンで降ろされているところです
このように、生きた動物の輸送には何らかのトラブルが生じることが少なくありません。大型の動物の輸送は特に大変です。そんな大変な作業であっても、動物を輸送してペアを作って繁殖させることで、動物園に次世代の動物を残していかなければなりません。その後、サミアは立派な大人に成長し、今年の3月からは雄のライと同居しています。いい雰囲気になっていますので、近いうちに二世が誕生してくれるだろうと心待ちにしています。
サミアの後には、メキシコからカバのゲンちゃんがやってきました。この時にも似たような苦労がありました。天王寺動物園の動物輸送は、これからもまだまだ続きます。
(高見 一利)