天王寺動物園「なきごえ」WEB版

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トミーからの宝物と宿題

はじめに

2019年2月7日クロサイのトミー(雄・1982年10月30日生)が亡くなりました。トミーは長い動物園生活で繁殖やハズバンダリートレーニングで大変貢献してくれました。私達のチームは2017年4月からクロサイ担当に復帰しました。以前も担当しトミーとは長い付き合いですが、晩年に過ごした時間は印象深いものでした。現在取り組んでいるライ(雄・2011年2月18日生)とサミア(雌・2013年9月14日生)の同居の陰にトミーが中心的な活躍をしてくれたことと、最後まで見せてくれた行動に光を当てたいと思います。

展示場で主食である大きな枝をモリモリ食べるトミー

展示場で主食である大きな枝をモリモリ食べるトミー

トミー最後の繁殖に向けて

 チーム始動後、早速取り組んだのが繁殖計画でした。当初サミアの相手はトミーに任せました。実績もあり生まれた子がライのお嫁さんになることも期待できたからです。トミーが高齢でサミアが若いという状況で、2019年の3月頃が同居の適期と考えました。クロサイの同居では深刻な闘争になることもあり、体力差も心配されたからです。闘争を回避し短期間で交尾に至るには発情周期を把握しそれに合わせて同居することが安全策と考えました。クロサイは単独行動をするので当時は3頭を柵越しに別居飼育し日替わり展示していました。この時ライは展示場恐怖症で来園以来1年以上展示場に出ませんでした。多くの草食獣では雌が発情すると雄は柵越しでも欲求行動が現れるので発情期が判ります。ですがトミーサミアの横で落ち着いた様子でいることが多く、ライは恐怖症の行動から発情が判らなかったのです。

ライの展示場恐怖症の克服とともに現れたトミーの行動変化

 そのライの恐怖症克服トレーニングで状況が打開されました。まず展示場に出る機会を増やすため、日替わり展示を1日3頭の交互展示に変えました。またこれまでの飼育を見直し飼料は濃厚飼料を減らし粗飼料中心に替えました。粗飼料化は濃厚飼料の価値を高めトレーニングの向上に効果があります。さらに量や給餌のタイミングを調整することで「展示場で食べる行動」の強化を図りました。これが上手く機能し小さな前進を重ねライは展示場に出て餌を食べるようになり恐怖症は改善しました。それとともにトミーサミアにも寝室に入りたい欲求の緩和と展示場での採食の増加が見られました。その「強化された行動」の作用中に変化が現れたのです。トミーは餌を食べずグルグル回る行動をとりました。それはサミアが4歳4カ月頃のことでした。続けて観察するとこの行動変化は周期的に見られ7~13日期間で23~33日周期で現れることがわかりました。おかしなことに展示場の行動変化中トミーは寝室に入ると落ち着くのです。このことからトミーは傍にサミアがいる事で欲求を満たしているのではと考えました。また周期性があることから発情と関係があると推測できました。こうしてトミーサミアの春季発情にいち早く気づき雌の発情周期を欲求行動で示してくれたのです。

トミー繁殖の断念

ところが発情周期が判りだした2018年10月頃からトミーの体力の低下が顕著にみられました。血液検査では鉄の上昇を示したので、治療に専念することにしました。すると鉄の数値は収まりましたが、同年12月頃になると尿が黄色くなり、炎症反応も高くなってきました。あらゆる薬を試したのですが改善しませんでした。まだトミーが動けている間に同居を急ぎ、年が変わる2019年1月にトミーの行動変化を待ちました。体力を考えると無理も承知でしたが、同居するか否かはトミー自身の意思に任せることにしました。目の粗い柵越しでサミアとお見合いをさせてみたのです。サミアはやる気満々で角突きを望んでいましたが、トミーサミアに興味を示しませんでした。やがて周期通りトミーの欲求行動が現れました。そこでお見合いするとトミーは角で激しく糞を擦りつけて強い誇示行動を2日連続で示し3日目はサミアの角突きを受けてたったのです。トミーに交尾の意思ありと判断し行動変化4日目の同年1月21日の休園日に同居させることにしました。ところが同居直前のお見合いでは全くサミアに反応を示さなかったのです。サミアの発情が終わった可能性とトミーの体調を考え同居を断念することにしました。そしてそれから10日が経過しトミーは起立するのも困難な状況になり展示中止もやむをえない状態になっていきました。トミー最後の繁殖は結果的に断念せざるをえませんでした。

欲求行動としてサミア(奥)の発情時にのみ角突きをするトミー

欲求行動としてサミア(奥)の発情時にのみ角突きをするトミー

大型動物においての終末期の緩和ケア

寝たままのトミーの姿はとても受け入れ難い気持ちでした。延命は小中型の動物であれば数カ月延ばせる場合もありますが、薬も人用を流用するので大型動物では量的に無理が出てきます。復活を願いつつも死を受け入れざるをえませんでした。野生動物は人に触られるのを嫌いますが、トレーニングを積んだトミーは人に触られると幸せを感じられるまでになっていました。私達は少しでも苦痛を取り除き、安らかな死が迎えられるよう緩和ケアの精神で現状に対応しようと心掛けました。乾燥した肌に保湿剤を塗りブラッシングするとトミーは喜んでくれました。餌や水も介添えし与えました。獣医師は補液や投薬を行いました。また床ずれ問題には起立を促すと何とか立って寝返りしてくれました。しかし刻々と容体は悪化していきました。尿は出なくなり、呼吸も速迫し苦しそうにもがいていました。導尿を試みましたが尿管が長すぎ上手くいかず、肛門から膀胱に穿刺し尿を排出しました。するとトミーの表情は和らぎ呼吸も落ち着いたのですが翌日、人を集めて寝返りをさせようと迎えた同年2月7日の朝にトミーは死んでいました。解剖ではまだ尿はたくさん残っていたので申し訳ない気持ちでいっぱいになりましたが、優しいトミーは教訓を生かすことで許してくれていると思います。

水分補給は補液だけでは足らず直腸に直接水分を補給しました

水分補給は補液だけでは足らず直腸に直接水分を補給しました

終わりに

トミーサミアの近くに居たいという気持ちは行動に現れました。ライもまた行動に現れ同年3月に欲求行動に合わせた初同居は安全に行えました。まだ交尾には至っていませんが若い「お二人」には学習を要するようです。トミーが死の直前まで繁殖に意欲を示した行動は私たちの宝物です。そしてライサミアの行動をより詳細に観察しクロサイを理解していくこと、また緩和ケアでの経験を他の動物に応用していくこがトミーからの宿題です。この狭い動物園でトミーが生きてきた意味は私たちが学ぶためでもあります。トミーに感謝の気持ちしかありません。「トミーありがとう!」

ライとサミアの同居ではマウントが見られました

ライサミアの同居ではマウントが見られました

(上野 将志、中山 宏幸)

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