天王寺動物園「なきごえ」WEB版

バックナンバー

天王寺動物園に着任して

 製薬会社を定年退職後、2017年12月から獣医職の臨時職員として天王寺動物園で働いています。製薬会社では医薬品の安全性研究に携わり、医薬品を投与したマウス、ラット、イヌ、カニクイザル、テンジクネズミの肉眼および病理組織学的検査を行い、医薬品の安全性を毒性学的観点から確認してきました。動物園では獣医師の補助と共に、不幸にして死亡した動物の解剖や、諸臓器の病理組織の結果を、同僚の獣医師や研修に訪れる獣医学専攻の学生に解説しています。

 着任後に扱ったこれまでの解剖例は、哺乳類ではアジアゾウ、ウンピョウ、ドール、チュウゴクオオカミ、カリフォルニアアシカ、ヒメハリテンレック、ジャガー、フンボルトペンギン、エジプトルーセットオオコウモリ、テンジクネズミ、ホンドタヌキ、ヌートリア、フランソワルトン、ヒツジ、ベンガルヤマネコ、鳥類ではベニイロフラミンゴ、ゴイサギ、カワウ、オシドリ、ソデグロヅル、爬虫類では、チュウゴクワニトカゲ等でした。

 それらの中で、私が下した肉眼的診断と組織学的診断との違いが数例ありました。肉眼的診断は解剖時の診断であり、組織学的診断は組織を顕微鏡で観察した後の診断なので、後者が最終診断となります。印象深い診断違いの例として、カリフォルニアアシカの肉眼的診断が化膿性炎症、組織学的診断が転移性の乳癌でした。

乳癌で死亡したカリフォルニアアシカ

乳癌で死亡したカリフォルニアアシカ

 海獣のカリフォルニアアシカの皮膚は厚い表皮と結合組織からなり、深部には脂肪も多く、乳腺は結合組織から脂肪にかけて埋没しています。本症例は乳腺が異常増殖しても瘤状にならず、浸潤性および転移性に増殖する疾患でした。海獣の硬い皮膚に覆われている乳腺の組織学的特徴を考慮せず、皮下組織に腫瘤を認めないことと、種々の臓器に炎症性病巣があったことから、乳腺の転移とは考えず、肉眼的に全身性の化膿性炎症と診断したのですが。思い返すと皮下組織を切開した折、黄白色のミルク様の液が流れ出したのを膿汁と判断し、ミルクかもしれないという考えには思い至らず、陸上生活性の哺乳動物と海獣の皮下組織とでは、肉眼的な病変の形態が異なることを考慮すべきでした。

皮下膿瘍を思わせた乳癌の肉眼像

皮下膿瘍を思わせた乳癌の肉眼像

 動物園では多種多様な動物が暮らしており、動物の高齢化も進んでいます。仮に今後、動物たちの不幸に出会った折には、動物の臓器の多様性と加齢性変化を加味して肉眼的に診断し、日々のケアに務めていきたいと考えています。

(松嶋 周一)

ページの上部へ