天王寺動物園のふれあい事業は何を目的に行っているかご存じでしょうか?集客のため?来園者の顧客満足度のため?いえ、当園はバーチャルでしか生きものに触れる機会のない人々が増加していることに鑑み、動物とのふれあい等を通じて、生きものの温もりや命の尊さを伝え、あらゆる生きものの命を大切にする人を育むためにこれらのことを実施しています。しかし、とはいったものの果たして私たち飼育員が胸を張って命の大切さを伝える飼育ができているのか?目的を実行できているのか?とたえず葛藤し続けています。しかし葛藤するだけでは意味がありません。いかに実行しているかが大切です。そこで今回は“ふれあい体験”で頑張ってくれているテンジクネズミたちのバックヤード改善やふれあい時の負担を減らすために行っている工夫、来園者の方々に“ふれあい体験”時に学びと気づきを提供するための取り組みなどをお伝えしたいと思います。
それではまずはバックヤード改善のお話から。当園は元々手作りのケージで飼育していたのですが、床材の金網で足が腫れたり、また広さも確保できなかったことからテンジクネズミにストレスがたまったりしていました。
改善前(ケージ飼い)
そこでそのようなことから平飼い(平たい地面のうえで放し飼いの状態で飼育すること)に変更し、床材は砂と干し草を敷き広さも確保することにしました。そしてさらに隠れる場所を増やしたり、他園の取り組みを参考にしたりして改善を進めています。
改善後(平飼い)
次に“ふれあい体験”の改善のお話です。予約制のふれあい体験では、これまでの方法を変更し、小さなお子様が含まれるご家族の場合はお子様にのみにテンジクネズミを渡し、親御さんにはサポートに回っていただくことに変更しました。この変更により優しく撫でてもらえ、転落事故も激減しました。予約無しで沢山の方々が触れることのできる“なでなでタイム”では隠れる場所を設置し、餌を食べている間に優しく撫でてもらうように改善しました。夏場は扇風機や保冷剤も設置し、テンジクネズミたちに選択肢を用意しました。また常にスタッフが近くで監視とガイドをすることで来園者からの乱暴な扱いが少なくなると同時にテンジクネズミに対する理解が深まったのではないかと思います。
改前後の“なでなでタイム”
しかし、これでストレスが全てなくなるかといえばそうではなく更に改善していきたいと考えています。 また帝京科学大学の並木美砂子先生との共同研究でストレスが加わると増加するといわれている唾液中コルチゾール濃度にどのような変化があるかを調べています。モルモットの行動とコルチゾール濃度によりどのようにストレスを減らすことができるかを考えていきたいと思います。
そして動物園でテンジクネズミを何のために飼育し、何のために“ふれあい体験”を実施しているかの最も重要なポイントはテンジクネズミを通して「伝える」ことです。これをしないとただ飼っているだけですし、集客目的で利用しているだけといわれても否定できません。また、ただ監視員を配置して来園者に好きに触っていただくだけでは「伝える」ことにはなりません。それだけでは命の温もりや尊さを伝えることができるとは思えません。それには“ふれあい体験”時の来園者の方々とスタッフの対話が必要です。当園ではこれまでも動物の説明、命についてのガイドを行っていたのですが、更にガイドの質を上げるため、こちらは動物教材研究所pocketの松本朱実先生との共同研究を行いました。その成果をもとに今までの一方的に伝える形式を改め、現在は来園者の方が気づいたことなどを聞きながら対話をするという方向に進めています。また“ふれあい体験”と“なでなでタイム”で来園者の皆さんがどのように感じておられるかを知るために談話分析とアンケート調査も実施しました。この結果からいかに伝えることが重要か、何を改善していけば良いのかが見えてきます。
またいろいろなガイドの方法を試みているうちにスタッフそれぞれのガイドに個性が出てきました。私の場合は触る前と触った後にテンジクネズミの絵を描いていただいたり、触る前のイメージと触った後に気づいた点などを聞いたりしています。
触る前と触った後に書いてもらった
テンジクネズミのイメージ
当園の展示動物は野生動物が中心であるため、“ふれあい広場”ではかわいい!だけではなく、テンジクネズミの身体をよく観察していただくことで次に足を運ぶ野生動物もゆっくり観察していただけるきっかけも提供できればと思っています。またテンジクネズミをきっかけに、参加していただいた来園者の皆様に動物に対する思いやりや、それぞれの動物の特徴に興味をもっていただける場として機能したいと思っています。
動物園の来園者には餌をやったり、触ったりしたいという方々がたくさんおられます。しかし、それが問題ではなく、ウケが良いからと安易にふれあいや餌やり体験を「伝える」ということをせずに実施してしまうことが問題なのです。そのような方法では動物園の役割を果たすことはできません。動物園は学習の場でもあり、環境保全や動物福祉など、彼らが置かれた立場から学ぶべきところは多くあります。“ふれあい体験”に“なでなでタイム”、これらは決して子ども向けではありません。年齢は問いませんので一度、どなたでも足をお運びください。皆様に参加して良かったと満足していただけるようにプログラムの改善に努めてまいります。
(下村 幸治)