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天王寺動物園「なきごえ」WEB版 2017.10月[秋号]

半世紀近く愛されたユリ子が“初披露”へ 
テレビ大阪 事業局事業部プロデューサー 人見 剛史

天王寺動物園には、長年、愛されたアジアゾウが静かに眠っていたのを皆さん、ご存知でしたでしょうか?そのゾウはユリ子です。1950年6月5日にタイから来園し、2000年5月19日に52歳で永眠するまで、約50年にわたって天王寺動物園で過ごしました。私は、ユリ子よりも51日早く同じタイから天王寺動物園にやってきたアジアゾウの春子のドキュメンタリー映画を作りましたが、春子ユリ子と仲が良かったといわれています(春子の来園は1950年4月14日)。飼育員の小谷さんによると、ユリ子が死んだとき、白内障とみられる春子の右目の白い点が急に大きくなり始めたということです。

 春子ユリ子よりも長生きし、66歳で永眠しましたが、実は私は、そのドキュメンタリー製作の際に、ユリ子の骨格標本が動物園の倉庫に眠っていたことを知りました。実際に倉庫内でユリ子の標本を撮影しましたが、構成の都合上、残念ながらドキュメンタリーではカットしてしまい、ずっと心残りでした。

 しかし、春子が永眠して3年が過ぎた今年。その倉庫に眠っていたユリ子がついに日の目を見る機会が訪れました。テレビ大阪や読売新聞社などが主催するメガ恐竜展というイベントでユリ子の標本を展示することになったのです。たまたまですが私自身、ドキュメンタリーなどを作る報道部から恐竜展を担当する事業部に今年4月、異動していたので、ユリ子のお披露目に深く関わることができました。

【組みあがった姿を誰も見たことがない】

ユリ子の骨格標本を確認する近藤さん

ユリ子の骨格標本を確認する近藤さん

 

メガ恐竜展開催の約3週間前。今年7月2日。私は、天王寺動物園にいました。ユリ子の骨格標本が倉庫内でどういう状態になっているかを確認する日です。実はユリ子は骨格標本になったものの、一度も組み上げられたことはなく、倉庫内で各部位がバラバラに保管されていたのです。

 つまり、動物園の皆さんもユリ子が組みあがったところを一度も見たことがありません。

 “果たして無事、組みあがるのか” なにせユリ子が死んだのは17年も前のこと。無くなったり壊れている部位があっても不思議ではありません。私は、そんな気持ちを抱きつつも動物園の皆さんと倉庫内に入りました。

 猛暑の中、エアコンがない倉庫内は、立っているだけで汗が噴き出す暑さ。その一角に白いユリ子の標本が床に置かれていました。4年前に撮影した時と同じです。そこで、バラバラの標本を一つ一つ確認する作業が始まりました。誰も組みあがったところを見たことがない中、頼りは坂本剥製(はくせい)製作所の剥製師・近藤利雄さん。実は近藤さんは、ユリ子の骨格標本を作られた方で、これまで他の動物園でもゾウの標本を手掛けてこられた職人です。ゾウの骨格の特徴が頭に入っている近藤さんは、一つ一つ手に取り確認していきます。骨になっているとはいえ、ゾウの標本は大きく重いものばかり。外から見るとよくわかりませんが、実はユリ子の骨には、重さを支える支柱を通すための穴やボルトなどが埋め込まれています。それらは近藤さんがユリ子を標本にした際、組みあげることを前提に開けたり、取り付けたものです。近藤さんは、標本の保存状態のほか、そういった穴や支柱も確認していきました。

 途中、支柱が1本見つからないことはあったものの、ほどなくして倉庫内で見つかり確認作業は1時間ほどで無事終了しました。動物園の皆さんもホッと胸をなでおろされていました。

【恐竜に負けない立派なユリ子の姿】

組み立てられたユリ子の骨格

組み立てられたユリ子の骨格

 そしてメガ恐竜展開催まで1週間を切った7月20日。ユリ子の標本が展示会場で初めて組み上げられる日です。この日は、坂本剥製製作所の近藤さんだけではなく、会場でゾウよりもはるかに大きい恐竜の標本を組み上げている職人の皆さんも応援に加わり、万全の態勢で作業が始まりました。茶色くなった恐竜の化石が多い会場で、白いユリ子の骨は一際目立ちます。

 まず胴体を吊り上げ、順に足をつけています。剥製師の近藤さんが、1cm単位で細かく指示し、位置を調整します。次に肩甲骨(けんこうこつ)、しっぽなどを取り付けます。途中、動物園に置き忘れていた部位を取りに帰る一幕はあったものの、最後に残っていた頭がい骨と首の骨を取り付け、作業開始から約6時間で完成しました。近藤さんは、「ゾウの骨格を見て、どういう筋肉のつき方をしているのかなどを想像しながら見てほしい」とおっしゃっていましたが、眺めていると、自然とユリ子の姿が思い浮かぶほど、立派なアジアゾウの全身骨格です。

 そして、迎えたメガ恐竜展本番。ユリ子の標本の下には、来園当時の様子や、仲が良かった春子とのツーショット写真も掲示され、多くの方が“よみがえった”ユリ子の姿をご覧になりました。永眠して17年。骨格標本として再び活躍してくれたユリ子を見ると、思わず「ありがとう」と声を掛けたくなるほどでした。仲が良かった春子も天国で少しうらやましがっているかもしれませんね。

 

【恐竜と動物園の意外な関係】

佐野さんの講演
佐野さんの講演

西村さんの講演
西村さんの講演

一方、メガ恐竜展では、天王寺動物園の人気者ニワトリのマサヒロ君が広報大使に就任し、活躍してくれました。ユリ子の骨格標本展示や、鳥は恐竜の進化した姿といわれていることから、恐竜展の実行委員会から動物園に就任を打診したところ、快く引き受けて頂きました。

 7月25日の開幕日に行う広報大使就任式に向けては、送迎はどうするのか、休憩はどのくらい必要か、控え室はいるのかなど、実行委員会は、まるでタレントを迎えるような態勢で準備。
そのかいあってかどうか、本番でマサヒロ君は堂々とした態度で就任式に臨み、広報大使の大役を果たしてくれました。

 また、8月30日には、マサヒロ君の育ての親、飼育員の西村さんや、獣医師の佐野さんが講演を行いました。実は西村さん、佐野さんは、大の恐竜好き。西村さんは、鳥と恐竜の関係をマサヒロ君と一緒にわかりやすくお話され、佐野さんは、本物のジュラッシックパークを作るために必要なことを獣医師の目線で詳しくお話されました。どちらもなかなか聞けないユニークな内容で大変勉強になったので、ぜひ、多くの方に聞いて頂きたかった講演でした。

 最後に私は、春子を通じて天王寺動物園の皆様と関わり、早4年になりますが、今回、亡きユリ子マサヒロ君を通じて、新たな動物園の一面を発見できました。これからも地元メディアとして、市民の皆さんに動物園の魅力を発信し続けたいと思います。

(ひとみ つよし)

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