天王寺動物園「なきごえ」WEB版

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カリフォルニアアシカの暮らしの変化

 アシカたちに行っている様々な取り組みを紹介します。

 まずはごはんについて、今までは柵の外からアシカ池に投げ入れられた大量のアジを水中で食べてもらう方法でした。もちろん野生では海に潜って魚を食べることは当たり前です。この方法は、普段食べ負けてしまうアシカもアジを食べることができるので、必ずしも悪い方法ではありません。しかしアシカによっては必要量以上の魚を食べてしまうので、肥満などの弊害を伴います。以前からこの方法を工夫していく必要があると感じていました。そこで、時間はかかりますが、まずはそれぞれのアシカの食べ方や採食量などをきめ細かく把握するため、アシカたちが陸場で飼育員の手からごはんを食べてもらうことを目指しました。ごはんの時間とは別に魚を用意して、陸場に来てくれるアシカを待ちました。すぐに来てくれたのは雌のチョコでした。とても人懐っこく食欲旺盛で、積極的に陸場でアジを食べてくれます。そして遊びながら前ヒレを上手に使って握手やバイバイができるようになり、その後、体に触れて異常がないかを確認する「触察」も可能になりました。

 しばらくして若い雌のユイチョビが陸場へ来るようになりました。陸場でアジを食べられ、陸場がいい場所であると認識してもらったようです。この調子で、他のアシカたちが陸場で魚を食べてくれるようになることを期待しましたが、思ったほど簡単ではありませんでした。アシカたちが複数頭陸場でごはんを食べ始めると、今度はアシカ同士が魚の奪い合いを始めます。そして、アシカによってはごはんを食べることを諦めてプールへ戻ってしまいます。このまま続けるとアシカ同士の怪我や、それに巻き込まれて飼育員にも危険がおよぶ可能性があるため、別の方法がないか考えました。

 一頭一頭の行動をしっかり見るために、ごはんの時間にアシカ池に来る飼育員の数を増やし、チョコユイチョビは安定して採食できるようになってきました。しかし、2019年に生まれた雌のキュッキュや雄のガルーガ、老齢で雄のミークや雌の高瀬(2021年5月死亡)の採食は安定しませんでした。特にミークは、他のアシカがごはんを食べている時に陸場へ上がってくることは全くありませんでした。それどころか、ミークが陸場で休んでいる時に飼育員が近づくだけで警戒し、大きな声で吠えてプールへ逃げていきました。この行動を見て、ミークが他のアシカといっしょにごはんを食べられるようになるには時間がかかると感じました。

 そしてこの頃、アシカ池で大きな課題が出てきます。繁殖の実績が豊富なことから、アシカの数が増えてきました。増えすぎによる生活の質の低下を防ぐため、計画的に繁殖を行うことになり、今年は交尾をする夏に雄と雌を分けて飼育することにしました。まずはシンプルに、ミークを1頭だけ分けることが簡単でいい方法だと思ったのですが、現在のミークの状況を考えると隣のサブプールへの誘導が難しく、繁殖の可能性がある雌のチョコユイチョビの3頭をサブプールへ誘導して分ける方が現実的であると考えました。サブプールへの誘導トレーニングを2カ月ほど続けましたが、なかなか順調にはいかず、複数頭を同時にトレーニングすることの難しさを思い知らされました。そして繁殖の時期 が迫り、あまり時間も残されてないことにたいへん焦りを感じていました。

 ここで一度立ち止まり、再度作戦を練り直しました。ミークは柵越しであれば鼻先をターゲット棒と呼ばれる、目標物となる棒へ触れる吻(ふん)タッチが出来ていたこと、ミーク1頭だけに時間を多く使えることから、ミークを集中的にトレーニングすることに方針を転換しました。

 トレーニングを始めてすぐに新たな発見がありました。今まで雌のトレーニング中に他のアシカが邪魔をしに来て中途半端に終わることが何度かあったのですが、ミークがトレーニングをしている時に他のアシカが邪魔をしに来ることはありませんでした。体がひときわ大きいミークに対して邪魔をする気が起きなかったのかはわかりませんが、ミークのトレーニングに集中できました。最終目標は、サブプールへ誘導することです。ミークの少しの変化も見逃さず、陸場へ上がるきっかけを探す日々が続きました。進展がなかなかないまま毎日コツコツと誘導トレーニングを続けていました。そしてある日、他の飼育員からミークが前ヒレを陸場に乗せようとしたとの報告を受けました。やっと目標へ前進したと感じた瞬間でした。この小さな一歩を大切にします。目指している行動に少しでも近いことをした時にはすぐに魚を与えて、どんどんいい行動を引き出していきます。いいところを見つけてたくさん褒めることは飼育員の技術でもあると思います。ミークはとても賢く、それ以降はトレーニングが順調に進んでいきました。

 今では、ミークが飼育員に対して吠えるような行動もなくなり、落ち着いてごはんを食べるようになってくれました。さらに、ミークを中心に若いメスたちや子どもたち、そして今までプールで採食していた老齢の高瀬までがごはんを求めて陸場へ上がって来てくれるようになりました。

 そして、動物の健康管理をしていくうえで基本となる体重測定も合わせて挑戦していくことに決めました。まずは体重計に似せた木の板に乗ってもらいます。しかし、アシカたちの板に対する警戒心が強く、陸場の隅っこに小さな木の板を置いただけで落ち着きがなくなり、陸場に寄ってきてくれませんでした。しかし、ミークは板を少し気にしていましたが、ごはんを食べに来てくれました。すぐに板にも乗るようになり、他のアシカも徐々に馴れていきました。

 今では、ミークを中心に全頭が板に乗ることが出来ています。さらにそれぞれ決まった板に乗ってアジを待っているほどです。この結果、網などで捕まえて無理やりするのではなく、自発的に体重測定を行うことができました。採食量もバランスよく調整ができ、プールの中では魚を奪われてしまう子どものアシカも必要な量を食べられるようになりました。また、肥満気味のアシカには計画的に減量することができています。そして、ミークのサブプールへの誘導も完了して、現在は一時的に他のアシカと別れて生活しています。

 今後はアシカも飼育員もお互いが楽しみながら、アシカたちがより快適に生活できるアシカ池を目指していきます。    

(河合 芳寛)

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