は虫類生態館(アイファー)の地下の展示室にひときわ大きな岩のようなカメがいます。その名はワニガメ。
現在展示されているオスのワニガメのジョーが天王寺動物園に来園したのが1970年1月15日。旧は虫類館が建設された頃になります。来園当時の年齢は不明ですが、少なくとも50数年間この天王寺動物園で暮らしていることになります。
ワニガメは北アメリカに生息し、生涯の大半を水中で暮らす肉食性のカメです。突起のついた長い尾。岩山のような甲羅(こうら)。そして貝や小型のカメをかみ砕いて食べるための強靭(きょうじん)なくちばし。まるで怪獣のような姿ですが基本は待ち伏せ型のカメで、舌の上の虫のような突起を揺らし、近づく魚をくちばしでとらえることもできます。
映像では凶暴な巨大亀としてよく紹介され、怒ったワニガメが大根などをかみ砕く姿が紹介されています。
また以前は手のひらに乗るくらいの子ガメがペットショップでも販売され、飽きた飼育者が池や川に放す飼育遺棄が問題になり、人に危害を加える危険動物として特定動物にも指定され、令和2年6月には飼育そのものが法で禁止されました。
映像で紹介されるワニガメは狂暴で危険なカメ。でも皆さんが見ているその姿は、実は究極の恐怖に怯えるワニガメの姿でもあるのです。
ワニガメは日本の自然で見られるような水陸両用のカメではなく、産卵時の雌を除いて生涯の大半を水中で暮らすカメなのです。
アイファーで観察の機会があれば、お腹をよく観察してみましょう。私たちのよく知るカメたちは、お腹も広く守るための甲羅「腹甲」で覆われています。一方水中生活者のワニガメの体は、陸上での防御を想定していないので、「腹甲」がまるで十字架のように小さいのです。
安全な水中で、水底の堆積物に隠れてゆったりと暮らすワニガメにとって、陸地に引き上げられることは身を守るすべを奪われることになります。皮膚の裸出部分が多く、頭や手足を甲羅に隠すこともできません。もともと陸上での活動が苦手で、他種のカメのように素早く動くこともできません。陸上では、もうかみつくことしかできないのです。
例えば皆さまが高い崖の上の端に立たされて棒で突かれたらどんな思をするでしょうか。ワニガメが陸上で人に持ち上げられ、棒で突かれるということは、それと同じくらいの究極の恐怖といえるのです。
私がジョーの飼育を担当していたころは、とても静かな賢者のような印象でした。
水中で岩のようにたたずむジョーは、人の姿を見るだけで水際まで上がってきます。手渡しの魚をやさしく口で受け取って食べ、餌がない時でも頭をなでたり、両手で顔をやさしく左右に振っても逃げも怒りもせず、ずっと一緒に過ごしてくれました。決して友情が芽生えたわけでもなく、強靭(きょうじん)なあごをもつ捕食者という危険性は忘れてはいけませんが、落ち着く環境でゆとりがあれば、こんなにもおだやかな姿を見せてくれるのだと感心しました。
ワニガメが人の指をも食いちぎる強靭(きょうじん)な武器を持つことに変わりはありません。日本の自然にも存在してはいけない種類です。でもワニガメは人に危害を加えるために自ら侵入してきたのではありません。安易に飼育して安易に捨てたのも、それを有害で危険な存在として烙印を押すのも人。
映像で怒り狂うワニガメからは、本当は静かにひっそりと暮らしたいのに、人の身勝手で連れ去られていじめられる怒りと悲しみのようなものを感じてしまいます。
(西村 慶太)