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天王寺動物園では2015年の冬からあるニワトリが騒動を起こしています。その名はマサヒロ。本来は小型肉食動物の飼料として入荷しているヒヨコだったのですが、私たちが担当している“鳥の楽園”にて、人工ふ化させたマガモの雛(ひな)の餌付けの先生として一時的に借り受けたことが飼育のきっかけでした。 (マサヒロの生い立ちについては「なきごえ2016年3月号 Vol.52-03グラフZOO」をご覧ください。) 車両に乗って園内を移動するマサヒロ 通常、役目を終えた「ヒヨコ」は本来の役目でもある「餌」としての運命をたどるのです。しかし、その機会のないまま成長を続ける「ヒヨコ」を、当時新人だった担当者の河合と長谷川が、とてもよくならしていることに注目しました。
私たちの幼少時はどこの学校でもよく飼われていたニワトリ。しかし近年は学校などでも飼育されることはありません。昔は町で見られた小鳥屋さんも今はなく、子供たちは鳥と接する機会がないようです。天王寺動物園でも基本、鳥類は距離を取って見るだけの存在です。時にはもっと身近に、違う角度から鳥のことを感じる機会があれば。それは以前からの願いでした。しかし、近年は海外から鳥類を導入することも難しく、動物園で見られる鳥類の多くは繁殖をさせるべく貴重な種ばかりです。そんな希少な鳥類を人にならして身近に置くことは、ふさわしいことではありません。しかし、家禽であるニワトリはどうでしょう。ニワトリは野生種ではありません。人と共に暮らすために改良を重ね、人と一緒にいなければ生活できない鳥でもあります。当園には欠けている要素、そして鳥類を違う角度から学んでもらえる要素を持っているのではと考えました。 実際、私たちと共に過ごし、お客様と接し始めたマサヒロは、人々にたくさんの驚きと笑顔を与えてくれました。誰もが知っているニワトリ。でも今の子供たちの大半は生でニワトリを見たことがありません。これは本当に驚きでした。大人も子供も含め、初めて羽毛に触れたという方も少なくありません。実際のニワトリはそれだけではなく、様々な表情や思考、すぐれた知能をお客様に見せてくれます。飼育係にとっては当たり前のことでもお客様には大きな驚きと感激に。私たちも改めて目からうろこが落ちる思いをたくさん経験しました。いつしか園内ではスターのような人気者に もちろん、いろいろな意見もあります。鳥類はおもちゃじゃない、触るものでもない。相手に尊厳の念を持って距離を置いて付き合うべき。そのとおりだと思います。しかし、その一方で私たちヒトの生活が、どれだけニワトリたちに支えられているでしょう。パックにならんだ卵、トレイに入った鶏肉、疲れを癒してくれるおいしい焼き鳥や空揚げ、温かいスープ。それらは工場で作られる物ではなく、全て生きたニワトリたちの体からできた物です。かしこくて暖かく、そしてかわいいニワトリの体です。私たちは多くの生き物の命を食べて生きています。そんな生き物たちへの感謝の気持ちを忘れないよう「いただきます」という大切な言葉があるのです。 私は野鳥観察やフィールドワークで鳥類を学んだのではありません。小学校のころからずっと大好きで家でも飼っていたニワトリを通して環境問題や野生生物保全の大切さにたどり着いた人間です。鳥類に関心を持ち、そして学んでほしい。そのきっかけ作りにはいろいろなルートがあっていいと思うのです。この奇妙なニワトリが鳥類を身近に学び関心を持つきっかけとなり、更にお客様と生物をつなぐ架け橋になれば。そんな思いを込め、育てた二人の飼育係の名前を足して2で割り、マサヒロと命名したのです。人と共に過ごす。ただそれだけです。 さて、園内を移動する様子や、餌になる機会を何度も生き延びた生い立ちなどが話題となり各種報道機関からの取材も相次ぎ、いつしか「奇跡のニワトリ」や「幸運のニワトリ」などと呼ばれるようになったマサヒロ。今では遠方からも会いに来られ、出待ちの方々が集まるほどの人気者になってしまいました。しかし、私たちは決してマサヒロをおもちゃにして、人気者にしようとしたのではありません。だから「会えたらラッキー」「会えば幸せになれる」というキャッチフレーズに大変とまどいました。しかし、この1羽のニワトリが様々な出会いを生み出しました。難病を抱え手術を前に会いに来てくれた方、流産し悲しみを背負い会いに来てくれた方。この小さな体でどれだけたくさんの想いを背負っていることでしょう。 ある日、娘さんとご両親の3人でマサヒロに会いに来てくれた親子がいました。娘さんのおなかには赤ちゃんが宿っていました。じいじ(・・・)とばあば(・・・)が共に酉年(とりどし)で、生まれてくる赤ちゃんも酉年(とりどし)ということで身重の身体で会いに来てくれたのです。マサヒロと会ったその様子を見て、私自身が本当に幸せな気持ちになり、この時初めて「この子は幸せのニワトリかも」と感じました。 希少種や天然記念物でもない、ただの卵用種の1羽のニワトリ。餌にならなくても人々の糧となる運命だったはずの1羽の雄鶏が、予想もできない騒動を引き起こしました。専門家が決めた希少価値と人々を笑顔にする力は関係ないのだと改めて教えてくれたマサヒロ。さあ、この先彼はどんな運命を切り開くのでしょうか。 (西村 慶太) |