「かばってやれなくてごめん」

  2013年のある日。ガイドの依頼のあった保育所の皆様にゾウのお話しをするためゾウのビューポイントに向かうと、若者たちの大声とゾウが鼻で水を吹き付ける音が聞こえました。ふざけて大騒ぎする中学生たちに向かってラニー博子が水をかけていたのです。ビューポイントにいてすぐに博子のそばに行くことができなかった私は大声で怒鳴り声を上げて博子を叱りつけました。いきなり尋常ではない怒号を発する飼育係に周囲のお客様は凍りつき、売店のスタッフや機械点検の業者の人が何事かと様子を見に来ました。博子はスッと水の噴射を止め、騒いでいた中学生たちも静まりかえり「すげえ…やめた…」とつぶやいています。一部始終を見ていたお年寄りのお客様からは「よういうことを聞きますなあ」と感心されました。しかし私に誇らしい気持ちは全くなく、むしろ博子に申し訳なく思っていたのです。

 日頃さまざまな問題行動で私たちを悩ませるラニー博子ですが、彼女の救いは滅多にお客様に危害を加えないところなのです。他園では調教やトレーニングをこなす優等生のゾウたちが、職員のいない時にお客様に水や石を投げつけ危害を加えるケースがよくあるのです。博子も気分が高揚したり苛立ったりした時にお客様を威嚇することがあります。

 当園のゾウは「こんにちはー」「かわいいねー」「またくるねー」など善意に満ちた大声に関してはあまり反応しないのです。しかし「おいゾウ!」「こっち来てみろ!」「水に入れ!」など見下されたような大声には反応し、声を発した人を狙って鼻を振ったり水を飛ばして威嚇することがあります。「歓声」と「やじ」をきちんと聞き分けることができるのですね。

 しかし、この日は、ビューポイントが水浸しでした。博子がこれほど水を激しく飛ばした姿を見たことがなかったのです。機嫌が悪かったこともあるでしょうが、よほど腹が立ったのでしょう。そして悲しかったのでしょう。

 ゾウを馬鹿にしてふざける中学生を叱りつけたかったのが私の本音です。しかし、まず一番にお客様の安全を守るのが私たちの仕事です。博子が静かになった後、学生たちや周囲のお客様には落ち着いて博子の心の内を話しました。

 ゾウは私たちの気持ちを理解し、喜び、そして怒り、悲しむ動物なのですね。

 

ビューポイントまで噴射された水が、博子の怒りを物語っていました

ビューポイントまで噴射された水が、博子の怒りを物語っていました

(西村 慶太)