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私が5年前にコアラ担当となって、当園で生まれ育ったクミ(雌)、ミク(雄)・アルン(雄)の飼育に携わってきました。クミは、2015年2月(享年18歳)、同年4月にミク(享年23歳)、2016年3月にアルン(享年19歳)が天王寺動物園での一生を終えました。各個体のこれまでの飼育、介護のようすなどをお話したいと思います。 コアラの飼育場は、数本の縦木と横木を使用し、横木の高さは、約1メートルの位置にセットしサークル状に組みます。餌となるユーカリは、壺に入れ縦木に取り付け自由に動きまわり食事ができるような環境をつくります。老化が進むと落下、行動がにぶくなる、採食時間減少などの前兆がみられます。1日を通しての必要な採食時間は2時間30分前後です。24時間のビデオ撮影の解析で採食時間が足りないときには、ユーカリの枝を顔の前に持っていき採食をうながしたり、葉をちぎって直接口に持って食べさせたりするハンドフィーディング(以下HF)を行います。HFは、葉を食べこぼすことなく安定したリズムで効率良く食べさせる技術が必要です。 クミは、唯一の雌でポッチャリ体形に口先からはチョロット舌を出しとってもお茶目な個体でした。落下回数が増えたため横木を地上約60cmの位置にまで下げたり、土を盛ったりして落下時のショックをやわらげる対策とりました。しかし、落下をくり返した後遺症と思われる下半身と腕の麻痺がしだいにひどくなったため、ペット用フェンスで囲い地上での生活にかえました。座ることもできず、寝たきりのまま寝がえりもできない状態となりました。座らせないとHFができないので縦木に身体を寄り添わせて、倒れないように周囲を固定させますが、少しの動きで傾くため困難な日々が続きました。
気候のいい時期に屋外展示場で過ごすクミ ミクは、担当となった当時からすでに隔離室(バックヤード)で生活していました。すでに眼も白内障が進み白く濁っていました。しだいに落下の回数も増えていきました。移動中に落下するときは前脚でぶら下がった状態から後脚から落ちるため、ダメージはほぼないと思われますが、老化が進み木を掴む力がなくなると滑るように身体から落ちます。まだ体力あるときは自力で木を登り戻ることができましたが、やがて登る体力もなくなっていきました。クミと同じように地上生活をさせることにしました。ミクは、視力の低下のほかは手に握る力がない程度でしたのでリハビリがてら地上を歩かせていました。
木に登れなくなって地面で外の空気に触れるミク
食事は、フェンスで囲われた地上でも食べられるように短く切ったユーカリの小束を設置しましたが、ほとんど食べることはありませんでした。やはり樹上で生活する動物なのでむりないことだと思います。座ることが可能でしたので、樹上でユーカリを背もたれにしてHFをすることができました。しかし、HFで食事をさせることができるのは、私たちが出勤している時間に限られます。朝・昼・夕と3回それぞれ30分程度行いました。それ以上行うとコアラも食べるのに疲れてくるようなので、ようすをみながら行いました。また、体重が減ってきたときには補助的に大豆で作られた無乳糖粉ミルクを針のついていない注射器で口中にたらして飲ませ栄養補給を行いました。クミが、亡くなって以降、屋内展示室にはアルン1頭とさびしい状況になってしまいました。ミクは、国内で飼育されている現役コアラの中で最年長でしたので、その姿を一目見ていただきたかったので展示場へ移すことにしました。享年23年、歴代2番目となる長寿記録となりました。 とうとうコアラ館には、アルン1頭になってしまいました。毛艶がとてもよく身体もひときわ大きくて最盛期は13kgもあった存在感のある個体でした。あれは、私が担当になった5年前まだコアラの扱いにあまり慣れていないころの体重測定のときでした。樹上にいるところを離そうとしてもそう簡単にはいきません。鋭い爪と腕力で木にしがみつき1人では離すことができません。まず縦木に移動させて頭をいじくって嫌がるのを利用して降ろします。そのときでした一目散に足元めがけて飛びついてきたことは今も忘れません。それくらい勢いのある個体でした。見た目は可愛らしいコアラですが、木を登るための鋭い爪とネズミのような鋭い門歯をもっているので咬まれると大けがをします。
元気なころのアルン気持ちよさそうに陽射しを浴びています アルンも老化が進むにつれ落下が目立ちはじめます。白内障が悪化してきているほかは、身体の異常はないようでした。日中は、ほぼ自分が落ち着く場所で過ごし、その場にあるユーカリを食べては休眠をくり返していました。落下のショックをやわらげるために掛け布団を敷きました。たまに移動いていましたが自分の臭いと慣れ歩いた樹上の感覚で動いていました。その姿は、おじいちゃんがよちよちと歩く姿そのものでした。年末年始にかけて寒波の襲来で入荷したユーカリがダメージをうけ、ほぼ新芽が飛びや葉が枯れた状態で園内にある緊急用のユーカリも同じ非常に厳しい状況になることがよくありましたが、アルンは、ものおじせず、がつがつ食べてくれました。厳しい期間を乗り越えようやく新芽のついたみずみずしいユーカリが入荷したころでした。続けて落下をくり返してから以降、自力での採食時間が減少しその後、HF、ユーカリを乾燥し粉末にしたものをミルクに混ぜ与えていましたが、日に日に口に入るものを嫌がりうずくまったまま顔も上げるのもいやがります。点滴で命をつなぐのも限界があります。数日後の早朝、隔離室へ移動させることにしましたが数分後に息をひきとりました。先に亡くなった2頭とは違い、アルンは最後まで樹上で暮らさせることができコアラらしく一生を全うさせることができたと感じています。みなさまには、展示場で嫌がるアルンに強引にユーカリ葉やミルクを口に押し込んだり、点滴治療したりしているようすを不快に感じた方もおられると思いますが、それが私たち動物園で働く飼育係、獣医師の姿です。
治療中のアルン 最後になりますが、アルンにはみなさまからの励ましのお手紙や、たくさんの献花、お供え物をいただきました。本当にありがとうございました。コアラ担当者を代表して、お礼申し上げます。
アルンのために頂いたお花
(久田 治信) |