〜天王寺動物園発行情報誌〜なきごえ.2001年10月号 獣医室から

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獣医室から 「産爺(さんじじ)!?」
ヒツジの出産 

 当園で飼育している動物のほとんどは本来野生種であるためか、お産に際し難産の介助(助産)の機会は少ないようです。

ヒツジのお母さん破水
 2001年2月18日朝9時半ごろ、ヒツジが破水していると連絡がありました。お母さんのお腹の中で赤ちゃんは外側から脈絡膜、尿膜、羊膜の3種類からなる胎膜という膜に包まれています。尿膜が造る袋は尿膜水、羊膜が造る袋は羊水という液体で満たされています。赤ちゃんはこの羊水の中に浮かんでいます。破水というのは、尿膜や羊膜が破れてそれぞれ中の尿膜水や羊水が出ることです。赤ちゃんの出てくる通り道を産道というのですが、破水によって産道をぬらして滑らかにし、赤ちゃんが通り抜けやすくするのです。

陣痛始まる
 破水の時間から昼までにはヒツジの赤ちゃんのかわいい姿が見られるだろうと思っていました。しかし、昼過ぎになっても赤ちゃんが出てきません。お産の前には、陣痛という現象が始まります。赤ちゃんを産道へ押しやるように赤ちゃんのいる子宮の筋肉が収縮するのです。陣痛は普通痛みを伴います。どうも、このヒツジの場合は陣痛が弱いようです。そこで陣痛を促進する薬を午後2時半に注射して様子を見ることにしましたが、やはり一向に赤ちゃんの出てくる様子が見られません。原因として考えられる一番のものは、お腹の赤ちゃんが変な姿勢でいるか、もしくは大きすぎることです。ほおっておけば赤ちゃんの命もお母さんの健康も損なわれかねませんので、お腹の中から赤ちゃんを取り出すことにしました。赤ちゃんを取り出すには大きく二つの方法があります。産道に手を突っ込んで赤ちゃんを引きずり出すか、あるいは手術でお母さんのお腹を切って赤ちゃんを取り出すかです。今回は赤ちゃんを産道から引きずり出すことにしました。

悪戦苦闘の末無事出産
 ヒツジはウシやウマに比べ産道がたいへん狭いので助産は手が小さい方が有利です。 産道へ徐々に手を入れていくと、最初にぶよぶよとした膜に当たりました。どうも今朝の破水は尿膜の破裂によるもので羊膜はまだ破れていないようです。そこで手で膜をつかみそっと破れ目をこしらえました。羊水が滴り出て腕をぬらします。更に深く手を入れると赤ちゃんの前足に触れました。その蹄は産道を傷つけないように、まだ硬くはありません。赤ちゃんを引きずり出すためには、この足を確保する必要があります。用意した包帯で輪をつくり両方の前足にかけようとしますが、ぬるぬる滑って簡単ではありません。ようやくかかって引っ張ってみましたが、赤ちゃんの体がどこかに引っかかっているようです。手を更に進めて様子を探った結果、赤ちゃんの頭が大きく右側後ろに大きく曲がる姿勢をとっているため、その部分が支えて出てこないことがわかりました。

汗まみれの産爺?
 こうなると引っ張っている前足を押し戻して、頭を産道のほうへ向けなければなりません。狭いお腹の中で赤ちゃんの頭をやっと出口に向け、前足をそろえて万歳の姿勢にしました。頭に手をそえて足につけた包帯を引くと、つるりという感じで赤ちゃんが出てきました。私たちの後ろでどっと声があがりました。気がつけばヒツジ舎を取り囲んだ、たくさんのお客様があげた歓声でした。我々も悪戦苦闘の末のことで赤ちゃんが無事生まれほっとしました。このとき午後3時半、ちょうど助産に30分ほどかかりました。他にも赤ちゃんがいる可能性があるのでもう一度お母さんのお腹の中を探ったところ、もう1頭いました。この子の方はそれほど苦労することもなく出てきてくれました。お腹の中では生死の程がわからず心配しましたが2頭とも生きていました。赤ちゃんの汚れをバスタオルでざっと拭くと、後はお母さんにまかせ、気がつくと、私は上から下まで羊水と血と汗まみれでしたが、おかげで充実した時間でした。
(飼育課:高橋雅之)

 

つづきがあるよ

Osaka Municipal Tennoji Zoo. Nakigoe vol.37-10.copyright october 2001