在来馬野間馬

僕はミドリガメ


 ひなたぼっこをしながら、あたりをゆっくり見渡してみる。僕の足元の水底では、おいしそうなアメリカザリガニが真っ赤なハサミを振り上げている。その横では大きな魚が小さな魚を追い払っている。きっとブラックバス(オオクチバス)の卵を狙ってブルーギルがちょっかいをかけているのだろう。ふいに川岸から何かが飛び出した。大きなネズミがポカンとこちらを見ている。急にヌートリアが現れたので大きなウシガエルが驚いて飛び上ったんだね。おや? 面倒なのがやってきた。アライグマだ。あいつらはなんでも食べてしまう。僕らも彼らのメニューのひとつだ。僕らの仲間の中にはハコガメといって、アライグマに襲われても手足を引っ込めて、さらに蓋を閉めて「箱」になって身を守るものもいる。それくらい僕らカメにとってアライグマは嫌な奴らだってことさ。僕らも日本ではミドリガメなんて呼ばれているけど、もともとはスライダーっていうカッコいい名前があるんだよ。僕らは大嫌いなアライグマや大きな鳥を見かけると、ひなたぼっこ中であっても、すぐにポチャンと滑るように水の中へ逃げる。大きなプールなんかにあるよね、水の流れる滑り台。あれをウォータースライダーって呼ぶだろ? あんな感じで滑って逃げるからスライダー。あっ、イシガメが捕まった。アライグマが頭を齧っている。可哀想だけど、もう助からない。イシガメやクサガメはアライグマの怖さを知らないから、すぐに捕まっちゃう。

ミシシッピアカミミガメ(全身)

ミシシッピアカミミガメ(全身)

 

 うとうとしていた僕はここで目が覚める。イシガメの可哀想な姿を見るまでは、ここがアメリカなんだと勘違いしていた。だって、イシガメ以外はみんなアメリカの生き物たちだ。そう、ここは日本の川だったんだね。

 僕らのおじいさんのおじいさんたちは、いきなり日本に連れてこられた。お菓子を買って応募すると「アマゾンのミドリガメ」がもらえるっていうキャンペーンのために。まあ、僕らはアマゾンにはいないんだけど、それの方がカッコ良かったんだろう。とにかく僕らは人気者だったんだね。お菓子のおまけじゃなくても、日本中でペットとして売られていた。けど、不幸な事件が起きたんだ。人間の子供がお腹を壊して病院に運ばれた。原因を探ってみたら、その子の家ではミドリガメが飼われていた。僕らを調べてみたらバイ菌がいた。それで僕らはいきなり悪者になった。サルモネラって菌。これは公園の砂場とか、どこにでもいる菌なんだけど、とにかく「ミドリガメには毒がある」ってことになっちゃったんだね。砂場で遊んだら手を洗う、動物を触ったら手を洗う。そんな簡単なことを教える前に、僕らは悪者にされたんだ…。

 

日本の池に住むミシシッピアカミミガメ

日本の池に住むミシシッピアカミミガメ


 僕らは捨てられた。毒があるからっていう場合もあるけど、実は僕らは大きくなる。うまく育てばフライパンくらいにはなるんだ。そんな大きなカメ、人間のお父さんやお母さんは困ってしまう。それでね、「狭いところで飼うのは可哀想だから、広い川や池に“逃がしてあげましょう”」って、捨てられたんだね。日本の川には僕らの最大の天敵のワニがいない。そして僕らは日本にもともといたカメよりも活発だ。無敵だね。僕らの仲間は日本中で殖えた。その結果が今さ。どこの池や川、沼、いるのは僕らミドリガメ。僕らは別に何をするわけでもないけど、自然が減るともともといた奴らも減る。僕らはもともといたわけじゃないから、彼らが減ったところへ引っ越しをする。ますます彼らはいなくなる。そして僕らばかりになる。もう一度言うけど、僕らは何もしていない。

こんなに大きくなって、緑じゃなくなるよ

こんなに大きくなって、緑じゃなくなるよ


 ただ、僕らものんびりとひなたぼっこをできなくなりそうだ。勝手に連れてきて、勝手に捨てた人間たちは、今度は僕らを「いちゃダメな生き物」として法律で取り締まるらしい。今でも捨てられる仲間がいるのは間違いないのだけど、問題はそこじゃないのにね。自然を壊すから、もともとの日本産の生き物が減る。その誰もいなくなった場所に僕らが住む。それだけの話。僕らはこれから、見つかったら殺されてしまうんだ。だからね、もし動物園に来た君たちの家に僕らの仲間がいたら、絶対に捨てないでくれ。お父さんやお母さんが「逃がしてあげよう」って言っても、君たちが「それは悪いことなんだ」って教えてあげてほしい。どうしても困ったら、僕らの次の引っ越し先を探してくれないか? 引き取ってくれるペットショップや動物園もある。

 

頭の横に赤い部分がある

頭の横に赤い部分がある


 ああ、僕の本当の名前はミシシッピアカミミガメ。緑色なのは子供のうちだけ。意外とみんな僕らのことを知らない。まずは僕たちのことを知ってほしい。僕らのことを調べてほしい。そして、僕らと君らが、どうしたらお互い幸せに暮らせるかを、考えてみてはくれないかな?

 

(とみみず あきら)