「ヘビはお嫌いですか?」


 巳年。「みどし」と声に出して読んでもなんのことやらわかりませんが、ヘビの年です。12年に一度の晴れ舞台ではありますが、ヘビほど十二支の中で嫌われている生き物もおりません。他を見渡しましても、以前なら穀物を食い荒らすネズミなどは嫌われたのでしょうが、今では夢の国の大スター。一方でヘビはと申しますと「蛇蝎(だかつ)のごとく嫌われる(蝎はサソリ。この場合は毒虫全般を指します)」「鬼が出るか蛇が出るか」なんて言葉があるくらいですから、これはもう言わずと知れた嫌われ者、悪しきもの、憎むべきものの代表選手。アダムとイブに「禁断の実」を食べるようそそのかし、我々人間の祖先を楽園から追放させてしまったのも、ヘビ。これはもちろん、ある種のおとぎ話に過ぎませんが、ほぼ全世界、全時代において、ヘビは嫌な役回りを押し付けられております。

南米を代表する、おとなしい大蛇ボアコンストリクター。アイファーでも出会える

南米を代表する、おとなしい大蛇ボアコンストリクター。

アイファーでも出会える

 

 もちろん、白蛇は神の化身、長寿の神様として大事にされる場合はございますが、現代においても8割くらいの方々はヘビを「嫌い」なのではないでしょうか? 曰く…

 「ヌルヌルしてそう」

 「表情がなく何を考えているかわからない」

 「咬む」

 「毒がある」

 これ、一つずつ検証してみまするってえと、みな誤解でございます。これならいっそ「生理的に嫌なんです」といわれた方が、ヘビ擁護派としましては「それじゃあ、しょうがあんめえ」と、むしろスッキリいたします。

日本のアオダイショウなどに近縁な北米のサバクナメラ。

日本のアオダイショウなどに近縁な北米のサバクナメラ。

ネズミヘビとも呼ばれるこの仲間は、肌が滑らかなので

ナメラという名がある

 

 ヌルヌルしている。それはウナギでございます。ちょっと想像してみていただきたい。ヌルヌルと粘膜を出した生き物が野原を動き回った姿を。これはもう、枯葉だ落ち葉だ土だ埃だが体にまとわりつきますな。あっというまに細長いミノムシの完成でございます。ヘビ、言葉で表しますならスベスベ、ツルツルでございます。乾燥肌でこそ、ございませんが湿ってすらおりません。初めて触った人などは、たいていの場合「思っていたのと違って気持ちいい」なんてことを申されますな。ぜひ一度チャレンジを。

 「何を考えているかわからない」。これはもうしょうがありません。生き物でございますから。生きていくための食欲、子孫を残すための性欲、それと身を守ること、くらいしか考えてはおりません。「明日は何食べよう」ですとか「何して遊ぼう」なんてことは思いもしないわけでございます。そうなりますってえと、当然ながら無表情。喜怒哀楽のうち、あるのはせいぜい「怒」だけでございまして、その場合はこう「くわっ」とロなど開けまして威嚇します。それ以外は同じ表情。さらに、ヘビにはまぶたがございません。目、開きっぱなし。トカゲの仲間にも手足のないものが数多くおりまして、一見するとヘビでございますが、この点に注目すると違いがわかります。開きっぱなしの目というものは、我々からすると異質であり、見つめ合うと不安になるものです。このあたり「気持ち悪い」などといわれてしまうわけですが、まぶたがないものは閉じられない。ついでに申しますってえと、ヘビには耳もございません。ヘビ型のトカゲには必ず耳(単なる穴や窪みですが)があり、ここもまた相違点として注目していただけると面白いかと思いますが、まあ、耳はございませんので、我々が周りで大声で喋ろうが、大音量で音楽を聞こうが、彼らには聞こえない(ことになっております)。ただし「全身が耳」とでもいえるほど振動には敏感で、人の足音などが伝わりますと「大きい危険なものが来たな」とスルスルと物陰に隠れてしまいます。

アルビノと呼ばれる色素が欠乏した突然変異は、実は蛇には珍しくない。

アルビノと呼ばれる色素が欠乏した突然変異は、実は蛇には珍しくない。

これはアフリカのボールニシキヘビの色素と模様が消失したもの

 

 「咬む」。咬みますな。ロがあれば咬みます。これはヘビばかりではございません。犬だって猫だってシッポを持ってぶらさげたりしたならば、どんなに馴れているワンちゃん、ニャンちゃん、みな咬みます。ヘビ、なにせ手足がございません。敵が来たならパンチもキックもできませんし、引っ掻くわけにもいきません。せいぜいが「咬む」だけ。これとて逃げ遅れたドン臭いヘビの最終手段。普通は足音に気づいた時点で、とっとと逃げております。逃げるに逃げられず怯えているヘビを棒で突いた、足蹴にした、掴んでみた、そりゃもう咬まれます。もはや「わざと咬まれようとしている」としか思えません、そっとしておいてあげましょう。追いかけてきて咬むなんてことは、いっさいございません。あるとすれば錯覚です。ヘビの逃げる方向に人がいただけのお話。ヘビはあくまでも「立ち去ってほしい」だけ。用がなければ立ち去ってあげるのが人としてのマナーでございましょう。咬まれてもチクッとして少々の血が出るだけでございますから、消毒薬のひとつも塗っておけば問題ありません。

 「毒」。コブラだガラガラヘビだってえ物騒なヘビは日本にはおりません。沖縄なんかにはハブという恐ろしい種もおりますが、本州、四岡、九州、北海道には毒蛇は2種のみ。かの有名なマムシと、奥歯に毒のあるヤマカガシのみ。マムシなどはイメージ先行型のキャラクターでございまして、たいへん恐ろしい毒蛇に思えますが、実際に見ると「小さい」という印象の方が強いものでございます。もちろん咬まれれば大変なことになるので「マムシだ」と思ったらすみやかに立ち去ることをお薦めします。このあたり、小さなお子様や大多数のヘビに興味のない方々などはマムシだ、アオダイショウだ、シマヘビだ、と瞬時に区別はできませんから、世の親御さんや先生方は、全部まとめて「ヘビは怖い。ヘビは危ないから触っちゃいかん」といった教育をなさるわけです。これにて立派な「ヘビ嫌い」の誕生と相成ります。

国産のジムグリに近縁な東南アジアのベニナメラ。

国産のジムグリに近縁な東南アジアのベニナメラ。

怖いイメージの強い蛇たちだが、美しく可愛いものも多いのだ

 

 不可思議な生き物でございます。たいへん興味深い生き物でもございます。ただし、やはり嫌われ者は嫌われ者。好きになってもらおうなんてことは思いませんが、できれば少々の理解をしていただいて、むやみに殺してしまったり、怖がったりというのが減ればなあなどと、筆を取らせていただきました。ヘビの抜け殼を財布に入れておくと金運アップなどと申します。ヘビだけに「お足が出ない」と。おあとがよろしいようで。

(とみみず あきら)