“鳥の楽園”〜素晴らしくてむずかしいバードケージ〜


 天王寺動物園の”鳥の楽園”は1987年に天王寺博覧会の開催に合わせて建てられた鳥類の飼育展示施設です。3200平方メートルに及ぶ広大な施設内では森や水辺など自然な環境の中で鳥の様子が観察できる、国内でも有数の規模を誇るバードケージだといえます。広い場所でたくさんの種類の鳥が飛び交い、見ている分には素晴らしいこの”鳥の楽園”。しかし中で維持する飼育係にしてみれば難点も多く、とても苦労しているのです。

広大なバードケージ内で、飛び交う鳥の姿が観察できます

広大なバードケージ内で、飛び交う鳥の姿が観察できます

 たとえば個々の鳥の確認や健康管理も容易ではありません。コンパクトなケージでの飼育なら一羽ずつエサの調整など細かい世話ができますが、”鳥の楽園”のように、たくさんの鳥が同居していれば、どの鳥がどれだけ食べたのか確認するのも大変です。あの鳥とあの鳥が争っている、あの鳥は体の具合が悪そうだ。でも広い施設内では鳥を分けることも簡単ではないのです。
今回は、ここのメインをつとめるカモ類の繁殖についてご紹介します。現在はサカツラガン、マガモ、オシドリ、キンクロハジロなどのカモ類が繁殖しています。この自然な環境でカモ類の可愛い親子連れの姿をぜひ見ていただきたいのですが、実はそれが難しいのです。

マガモの親子

マガモの親子。本来ならこのような姿をお見せしたいのですが…

 ここにはたくさんの種類の鳥たちが同居していますが、その全てが平和主義者ではないのです。繁殖期になれば同じ種類や違う種類に対して攻撃的になるものが多い上に、他の鳥のヒナを食べてしまう肉食性の鳥もいます。また広い施設であるがためにヘビやイタチなど天敵の侵入や細菌の感染が防ぎきれないこともあり、争いや補食、事故などでヒナたちの生存率がとても低いのです。そこでヒナの生存率を上げ感染を防ぐためにカモ類においては卵を採取して孵卵器(ふらんき)であたため、人工孵化(ふか)にてヒナを育てています。

この孵卵器(ふらんき)で卵を温め孵化(ふか)させます。

この孵卵器(ふらんき)で卵を温め孵化(ふか)させます。

 この広い場所で卵を集めるのもひと仕事。地味な色をしたカモ類の雌は、かくれんぼのスペシャリストです。毎日注意深く調べているつもりでも、いつの間にか卵を産んでいたり、ヒナがふ化していることがあります。繁殖期になれば卵探しが日課になります。またオシドリのように木の洞など巣穴を利用するカモもいます。多くの巣穴や巣箱を設置しても安心できる良い場所は取り合いになってしまいます。そこでより多くの巣穴を利用してもらえるように、巣穴の大きさを狭くしたりすることで場所の取り合いも減りました。
中にはツクシガモのように繁殖期にはとても攻撃的になって他の種類を激しく攻撃する種類や、発情が強すぎて雌を傷つけてしまう雄もいます。そういった強すぎる種類や反対に弱った雌たちは、捕獲し繁殖期が過ぎるまで一時的に隔離しておきます。
このようにして集めた卵を人工孵化(ふか)させヒナを育てることでより多くのカモ類を繁殖させることができます。広い施設で多くの鳥を同居飼育する利点は飼育員が雌雄の組み合わせを決めるのではなく、鳥自らが選んだ相手とペアを形成できることです。しかし時には種類のちがう鳥同士で予期せぬペアができてしまうこともあるので、種類の組み合わせも考えなくてはなりません。

人工孵化(ふか)で育てたオシドリの若鳥たち。

人工孵化(ふか)で育てたオシドリの若鳥たち。

 卵を集める上ではどのペアが産卵した卵なのか特定することが難しいこともあります。また鳥類は卵を取ると次々と産み足す性質があり、たくさんの卵を集めることができるのですが反面雌にとっては消耗が激しく、産卵できる年数が短くなってしまいます。

 鳥類では飼育下でたくさん殖やすために卵を取り上げて人工繁殖を優先して繰り返した結果、卵やヒナを育てる習性を全くなくしてしまった種類も多くいます。希少鳥類の繁殖計画のひとつとして人工繁殖の研究は欠かせない技術だといえます。しかし個人的には生産性を重視するあまり、鳥が本来持っている能力をなくしてしまっては意味がないと考えています。人工繁殖で個体数を増やす一方で、人間が考えた組み合わせで少ないペアを作るだけでなく、できることならひとつの種類を多く集めて自らペアを作らせ繁殖させる取り組みも必要だと考えています。この”鳥の楽園”で自然繁殖したカモ類を見ていると、親鳥によって育児のスタイルもさまざまだと分かりました。ある親は放任主義だと思えばある親はヒナに近づく他の鳥を追い払ったり、中には人が近づくとヒナを茂みに隠し、自分は人の前に出てきて傷ついたふりをしておとりになりヒナから遠ざけようとする(偽傷という行動)オシドリの雌もいました。親鳥たちの持つ素晴らしい個性もヒナたちに受け継いでほしいものです。今後は隔離施設を用いた自然繁殖にも取り組み、子育て上手なカモ類の育成にも取り組みたいと思います。

(西村 慶太)