自然が不自然な現実


国の天然記念物イタセンパラ
国の天然記念物イタセンパラは 淀川のシンボルフィッシュ。

 淀川は、宇治川、桂川、木津川によって形成される、琵琶湖・淀川水系の中軸です。

 ここに生きる生物は多種多様。特に淡水魚の多さは国内屈指です。

日本に生息する淡水魚は外来種を含めて300種以上が知られていますが、そのうち100種以上、即ち約3分の1が琵琶湖・淀川水系に生息しています。

 また、その中の多くが地域固有種。つまり、この水系が故郷の淡水魚です。例えば、ゲンゴロウブナ。ヘラブナとして太公望たちに親しまれているこのフナは、琵琶湖の固有種が日本各地に移入されたものです。ワタカやハス、ビワコオオナマズやビワマスと、数えたらキリがありません。

 また独自の地域特色をもった個体群や、地理的な要因で亜種へと分化した種もいます。これはおそらく、琵琶湖という400万年以上前に成立した古代湖ならでは。世界的に見ればタンガニー湖やバイカル湖に次ぐ長い歴史を有した、この水系がもつ歴史があるから故でしょう。

 私自身、ここに生息する多様な固有種を思うとき「内陸のガラパゴス」とか「陸封された進化の宝箱」と表現しています。

 私は自然史博物画家で、特に淡水魚たちを細密に描くことが多々あります。その生活史や個体差や繁殖期の体色や行動など様々に観察し、専門家や研究者との意見交換や、助言によって精度の高い細密画を完成させている中、琵琶湖・淀川水系の現状を憂いだ声を日常的に耳にします。

 水環境の悪化、乱開発、不法投棄、希少種の乱獲や売買。また特定外来種や他水系の国内種移入による侵略。さまざまな要因が複雑にからまり近年、驚く程のスピードで、この多様な生態系が崩壊しつつあるのです。

 鳥獣保護は熱く語られ、野鳥や動物たちは法によって厳格に守られている中、内水面の魚類たちは「蚊帳の外」のように思えてなりません。

 既に絶滅してしまった種はもちろん、絶滅寸前の種は一般に思われている以上に多いこと、特に琵琶湖・淀川水系では深刻な問題に直面してることは知る人ぞ知るの域です。

 多くの淡水魚たちが今、絶滅寸前と考えられている中、国や自治体が天然記念物に指定している種はごく僅かです。国の天然記念物であるイタセンパラとアユモドキはかつて淀川水系に数多く生息していましたが、今や自然界では幻といっても過言ではありません。

 ドジョウやメダカに比べて、マニアックな種はその存在すら認識されず、人知れず消え去るのでしょうか?地質時代から脈々と育まれた固有種たちの系譜、その種を絶やさないため、様々な試みや活動が展開されているのをご存知でしょうか?

半世紀以上も前に絶滅してしまったミナミトミヨ。

半世紀以上も前に絶滅してしまったミナミトミヨ。

クニマスの事例のように、どこかでひっそりと生き延びていて欲しい。

近年、新種として同定されたヨドゼゼラ。
近年、新種として同定されたヨドゼゼラ。

 大阪ではイタセンパラやアユモドキが専門施設で厳重に保護され、繁殖にも成功しています。今や絶滅寸前であるニッポンバラタナゴ・イチモンジタナゴなど、淀川水系で数十年前まで普通に見られていたはずの絶滅危惧種や、大阪北部が生息域の南限であり、わずかな個体群しか確認されなくなったアジメドジョウなども同様の施設で種の飼育・保護と研究がなされています。

 また、淀川のシンボルフィッシュでもあるイタセンパラの復活と繁殖、その環境保全に取り組むために、多くの機関や団体が活動しています。

 しかし、そうした研究・活動は、とても目立たない地道なものです。見過ごされがちな水面下の野生は、琵琶湖・淀川水系では今や風前の灯。

 しかし、熱意ある研究者、保護施設や団体が健全に活動できる環境や持続性のある支援があれば、少なからずとも絶滅へのカウントダウンは遅らせることができ、いくつかはストップさせられるのではと思っています。

 よく、自然と共生とか、自然再生などのスローガンを耳にします。でも、正直いってそのほとんどは「人に都合の良い自然」であって、生き物たちにとっては「不都合な環境」なのではないでしょうか。

環境省指定の絶滅危惧種オヤニラミ。

環境省指定の絶滅危惧種オヤニラミ。

本来生息していなかった滋賀県に 人為的に移入され、

生態系を脅かす 存在になっている。

 私たちは自分たちが快適な位置から自然を語ったり、環境を整えたりと、生き物たちに一方的に人の価値観や都合を押し付けてしまいがちです。さらに、自然は再生できないことも認識する必要があります。

 一度失った種や生態系はSFの世界ではないのだから、再生などできるはずがありません。私たちにできることはせいぜい、疑似環境を再構築する程度なのですから。

アジメドジョウ

アジメドジョウは大阪北部の局所が
生息域の南限とされている希少種。

 人の暮らしを支える経済活動や防災面からの河川環境の整備は、必要不可欠です。水源の確保や自然災害への防御は、我が国にとって重要な事業ですが、もし、人が今よりほんの少しだけ、知恵を絞って生き物たちに遠慮してやれることが可能ならどうでしょう?

 私たちの暮らす大阪のまち、その中心を流れる淀川と絶滅危惧種の淡水魚をはじめとする水生生物たちを、どうか「蚊帳の外」にしないでください。

 太古から続く生命の系譜を絶やさないために、より多くの人が水環境・生態系を思い、その保全・保護、研究活動に目を向け、官民の垣根なく支えていける環境が整備され継続されることができれば、水都に生きる貴重な生態系をこれからも存続させていけるのではないでしょうか。

 雄大で壮観な野生の楽園、極彩色のサンゴ礁。人を魅了する大自然は素晴らしく、大切な地球の宝物です。

ドジョウの仲間のアユモドキ(上が成魚、下が若魚)
ドジョウの仲間のアユモドキも国の
天然記念物(上が成魚、下が若魚)

 でも、地味で見過ごされがちですが、水面下にも豊かな自然が健気に生きていることを思ってください。

 琵琶湖・淀川水系は私たちに身近な「普段着のように、最も近しい自然」です。イタセンパラやタナゴたちの、アユモドキやアジメドジョウの、そして琵琶湖・淀川水系に生息する100種以上の淡水魚たちの、人知が及ばぬはるか昔から今も細々と続く種の系譜は私たち流域に生活する人々の貴重な宝なのです。

 河川に生息する淡水魚は、海水魚と違って源流から河口までの限定された、閉鎖された領域でそれぞれがその地域に適応しながら独自の生態や形態を今に伝えています。当然、琵琶湖・淀川水系だけでなく、全国の各流域で、湖沼で、多種多様に分化し「ご当地の魚たち」が暮らしています。たかが魚じゃないか、遺伝子?固有種?ではありません。その実に興味深い、個性豊かなその生態は知れば知る程に奥が深く、新たな発見の喜びに満ちています。自然が不自然ではない大阪、淀川を願って。
アユ

実は淀川では毎年、数十万匹のアユが
河口から遡上している。
水環境の激変の中、健気に、強かに生
きる命たちに喝采を贈りたい。

 

(こむら かずや)