ヒメハリテンレックの人工哺育


ヒメハリテンレック

ヒメハリテンレック

 動物園では、生まれた動物の子供を私たち飼育員が人工哺育をすることがあります。もちろん一番よいのは親が育てることなのですが、おっぱいが出ない、親が出産で衰弱、育児放棄など、このままでは子供があぶない、と判断した場合、人工哺育を行うことになります。今回は、夜行性動物舎で飼育しているヒメハリテンレックの人工哺育について書こうと思います。
 2010年7月、朝出勤すると、すでに母親は出産をしていましたが、子供から離れていました。母親は出産で衰弱したのか、ぐったりしていました。授乳をさせようと母親の下に子供を移動させるなどしてみたのですが、母親が授乳や世話をする様子がなく、子供の身体も冷えてきたので、2頭の子供を取り上げ、暖めたあとに人工哺乳を開始しました。
 最初の何日かは、小さなペットヒーターの上にプラケースを置き、床面にはチップ(おがくず)を敷き、タオルでくるんだペットボトル湯たんぽを入れた環境で育てていました。ケース全面を暖めるのではなく、湯たんぽ+ヒーターの暖かい場所と、ヒーターの載っていない場所を作って、好きな場所に移動できるようにしていました。しかし、子供がチップを間違って飲み込んでしまう恐れがあったのと、排泄の確認を分かりやすくするために、床面は紙を敷いて毎日取り替えることにしました。

生まれた日には針も生えておらず、目も開いていません

生まれた日には針も生えておらず、目も開いていません

 与えたミルクは猫用のミルクです。母親の初乳を飲んでいないことが予想されたので、ミルクに免疫グロブリン配合のサプリメントを少量混ぜ、カテーテルの先端を溶かして丸くし、口元が傷つかないようにして与えました。
 ヒメハリテンレックの子供は生まれたときは小指の先ほどの大きさで、もちろんテンレック用の哺乳瓶や乳首などはありません。ミルクが気管に入ったりするのを防ぐため、カテーテルをくわえさせることはやめ、口のはじにミルクを置き、舌を動かしだしたら少しずつ追加するというやり方で与えはじめました。こちらは生まれ時はハリも生えておらず、目もまだ空いていません。

ミルクを飲んだ後、おなかが白くなっているのがわかりますか?

ミルクを飲んだ後、おなかが白くなっているのがわかりますか?

  ミルクの量も、これだけ与えれば大丈夫というデータがないため、最初は1〜2mlを目安に飲むだけ与えて、お腹の張り具合を見ながら調整しました。ミルクを与えたあとは、お湯でふやかした綿棒で総排泄口周辺を軽くなでてマッサージをし、排泄を促しました。

体重変化のグラフ

体重変化のグラフ

 1~8日齢までは一日4回、1~2mlを目安に飲めるだけ授乳、9日齢からは一日3回に変更しました。23日目からミルクでふやかしたキャットフードやバナナ等も与え、43日で離乳をしました。
 通常では、1カ月ほどで授乳の様子が見られなくなるので、もう少し早く離乳させてもよかったのかもしれないですが、人工哺育個体のため少し長めに行いました。

生後8カ月、ペニスを確認し雄と判定しました

生後8カ月、ペニスを確認し雄と判定しました

  生後8カ月後くらいに陰部周辺を圧迫し、反転法にてオスメスの確認をしました。ヒメハリテンレックの陰部は総排泄口のため、外見からは判定しにくいので、指でまわりを圧迫して反転してみたところ、ペニスが出たので2頭とも雄とわかりました。今も元気に育っていて、去年から発情の様子も見られ、ようやくほっとしています。

カテーテルでミルクを与えました

カテーテルでミルクを与えました

 動物園で飼育員が野生動物のお母さん代わり、ときくとなんとなくいい話みたいなイメージを持つ方は多いかもしれません。でも、その後ちゃんと親に育てられた個体と繁殖は可能だろうか?他の個体と喧嘩せず同居できるだろうか?など、色々と心配はつきません。当たり前のことに聞こえるかもしれないですが、動物の親がちゃんと子供を育てていると、本当にありがとう!という気持ちになります。でも、このように人工哺育の例があると、他の動物園でも何かあった時の参考になります。野生動物についてはまだまだ解明されていないことがたくさん…実際わたしも他の動物園での例(成功も失敗も)を色々と教えてもらいました。大変だけど貴重な体験ができたこと、そして一緒に試行錯誤しつつ協力してくれた、同じ班のみんなに感謝をしながら、今後の飼育に生かしていきたいなと思っています。

(仁木 美智子)

 

【編集部注】
ヒメハリテンレック
モグラ目 テンレック科
Lesser Madagascar Hedgehog Tenrec
Echinops telfairi

マダガスカルのみ生息するモグラの仲間です。ハリネズミと姿形が似ているのでよく間違われますが、分類的にはかなり離れています。乾燥した地域にくらし、エサを探すためには地面だけではなく、木に登ることもあります。