ドラゴンの子孫?「ドラゴンズ・ベビー」
日本から遠く離れたクロアチア共和国には“龍(ドラゴン)の子孫”という伝説をもった不思議な生き物が生息しています。
その生き物「ドラゴンズ・ベビー」は、2005年に開催された「国際博覧会(愛・地球博)」がきっかけとなり、クロアチアから遠路はるばる愛知県の碧南海浜水族館にやって来ました。
ドラゴンズ・ベビーProteus anguinusは、クロアチア周辺に広がるディナル・カルストの地下鍾乳洞に住んでいる両生類で、日本では別名ホライモリと呼ばれています。ちょっとピンとこない人は、約20年前に日本中で人気者になった、サンショウウオの仲間のアホロートル(ウーパールーパー)を思い浮かべてもらうと、形はイメージしやすいかもしれません。
「ドラゴン」と聞くと非常に大きな生き物を連想する人もいるかもしれませんが、最大でも30cm程度にしか成長しません。現地では、希少な生き物のためクロアチアの天然記念物に指定され、世界自然保護連合(IUCN)のレッドリストにも掲載されています。日本には、1968年に昭和天皇が旧ユーゴスラビアを訪問された際に寄贈された個体を上野動物園で展示した記録がありますが、今回はそれ以来約40年ぶり2度目の展示となりました。
住んでいる場所はこんなところ
ドラゴンズ・ベビーの生活場所は、地下の暗い鍾乳洞の水中です。そのためか、体は一様に白く、眼も皮膚の下に埋もれ、一見すると「ドラゴン」とは程遠い印象を受けます。また、住んでいる場所のためか、明るいところで飼育すると体が黒く変色してくるため、できるだけ暗い環境で飼育する必要があります。スタッフの本音としては、非常に珍しい生き物なので「明るい場所で大々的にお披露目を!」といきたいところでしたが、生き物のためにもそこはぐっと我慢しました。また、飼育水槽は生息地の水温が非常に低いため、水槽用クーラーを使用して一年を通して10℃前後に保つようにしています。
一年を通して環境変化がない、洞窟の冷たい水中に住むためか、代謝は低く2010年に発表された論文によると寿命は何と最長で100歳以上!平均寿命でも68.5歳といわれ、人間と同じくらい長寿とされています。
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ドラゴンズ・ベビーの住み家の鍾乳洞 |
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ドラゴンズ・ベビー野生個体(クロアチア) |
悪戦苦闘!ドラゴンズ・ベビーの飼育
碧南海浜水族館は、主に国内で見られる魚類を中心に約350種類3,500尾を展示する愛知県にある水族館です。それまで、両生類についてはあまり飼育経験がなかったため、ドラゴンズ・ベビーの寄贈が決まった瞬間から私たちの心の中は、「初めて飼育に挑戦できる喜び」と「上手く飼育できるのかというプレッシャー」が同時に押し寄せ非常に不安になったことを覚えています。
当然のことですが、未知の生き物をそんなに簡単に飼育できる訳もありません。
まず最初の“つまずき”は飼育水の問題です。鍾乳洞内の水は、私たちが通常、生き物の飼育で使用している淡水(水道水の汲み置きなど)とは成分がかなり異なります。日本のほとんどの地域は、軟水と呼ばれる硬度の低い水です。しかし、ヨーロッパの水はカルシウムやミネラルが多く含まれた硬水と呼ばれる水で、その違いは私たちが口にしても分かるほどです。飼育水の水質が大きく異なればドラゴンズ・ベビーを水槽に収容した際に、ショック死する恐れもあります。その対策として、「実際に生息しているクロアチアの鍾乳洞の水を運んできては?」という案が挙がりました。しかし、水を運んでくるとなると大掛かりになる上に輸送コストもかかります。そこで、色々と調べたところ、国内で流通している外国産のミネラルウォーターが生息地の水の成分に非常に近いことが分かりました。飲料水を飼育水に使用することは私たちにとって初めての経験でしたが、少々贅沢な“100%ミネラルウォーター”のおかげでドラゴンズ・ベビーは大きなトラブルもなく収容することができました。
次なる課題は与える餌です。現地スタッフへの問い合わせや資料によると、本種は普段は小さな甲殻類などを食べているようです。餌として現地に生息する生き物を容易に手に入れることはできません。国内で飼育経験のある上野動物園にも問い合わせたりしましたが、なかなか食べてくれる餌がみつかりませんでした。そこで、当水族館では様々な餌を与えてみて、実際に食べるかを観察する試行錯誤を繰り返しました。そのかいあって、ヨコエビやイサザアミなど小型の甲殻類を定期的に食べるようになり、現在までの約6年間、順調に育っています。普段は「ドラゴンズ・ベビー」という勇ましい名前とは裏腹に、動きも非常にゆっくりでやや弱々しくさえ見えます。しかし、餌を食べる瞬間は別人に大変身!一気に飲み込む姿はまさしく「ドラゴン」のようです。
ちなみに、生息地の鍾乳洞内では、食物連鎖の上位に位置するドラゴンズ・ベビーですが、食べるエサの量はとても控えめで、約10年間も餌を食べずに生きるともいわれています。水族館では、現在1~2週間に1回餌を与えています。
2012年の干支の生き物
2012年は文字通り「辰年=ドラゴンイヤー」です。碧南海浜水族館では、ドラゴンズ・ベビーがこの辰年を機に、近年好調のご当地球団・中日ドラゴンズに負けないくらいの人気者に飛躍して欲しいと願うばかりです。そこで今年は、辰年の主役ドラゴンズ・ベビーの展示用水槽も新調し、皆様のご来館をお待ちしております。阪神タイガースファンの大阪の皆さんも、是非、愛知県にお越しの際には珍しい両生類「ドラゴンズ・ベビー」を見に碧南海浜水族館に来てくださいね!
(ちむら よしずみ) |