■新米ゾウ係糞闘記No.25

炸裂!ラニー博子の鼻回し


 ラニー博子(以下博子)を見ていると、突然鼻を振り回して暴れ出すことがあります。私たちが「鼻回し」と呼ぶこの突発的な行動は、お客様から見れば豪快で楽しく見えますが、そばにいる私たちからすれば、100kgを超える筋肉のかたまりが猛スピードで飛んでくるとても恐ろしい行動なのです。

 馴致調教によってコントロールが効く博子ですが、精神的にはとても不安定で攻撃的な面があります。突然暴れたり怯えたりして行動の読めないところがあり、過去に怪我をした飼育員もいます。他の動物園のゾウ飼育係の方や海外のゾウの専門家の方が博子を見ると「よく、直接飼育しているな」と驚かれます。専門家から見ても博子はとても危ないゾウなのです。

 私がゾウ担当になった頃は正直「なんでこんな危険を犯してまで博子に触るんやろ?博子も気の毒やけど人間の精神と安全も大事やで」と思うことがありました。博子のちょっとした気まぐれで殺されたのではたまらん、そう思えるくらい博子の暴れ方には脅威を感じたのです。そんな時、ベテランのゾウ飼育員の先輩がよく言っていました「どんなにワルでも俺たちを求めてくるからには放っておけない」と。
現在は私も博子の間近にいて以前より更に危険度は増しました。ゾウがその気になればいつ殺されてもおかしくない状況です。しかし、近くに行くことで逆に博子もまたヒトに気を配って苦悩していることが分かったのです。私たちに頼らなければ生きていけないと分かっている博子は、爆発しそうな自分を抑えようと必死に耐えていたのです。確かに近くで鼻回しをされた時は緊張が走りますし、私たちも叱ります。でも博子は自分を抑えたいのに抑えきれず爆発してしまい、せめてヒトには当てないように力を抑えて向きを変え、精いっぱい気を配っていたのです。

 

きちんと馴致調教された優秀なゾウを飼っている他園の方に言わせれば、「ヒトが近くにいる時に暴れるなんて言語道断!」とおっしゃるでしょう。でも、赤ちゃんの頃に目の前でお母さんを亡くし、究極の恐怖を味わって心を病み、ヒトに育てられたためにゾウとの付き合い方も分からず、暴力でしか自分を表現できないゾウが、ヒトのために道をゆずったり怒りを抑えたりと精一杯の気配りをしてくれるのです。他のゾウたちにしてみれば、できて当然の気配りかもしれません。でも世界一不器用なゾウが普通の気配りをするためには世界一の努力が必要なはずです。難しい方程式をすまして解く優等生よりも、足し算を一生懸命解くワルガキが愛しく思えるような、そんな気持ちにさせてくれる博子なのです。

*直接飼育:人がゾウと同じ場所に入り、直接触りながら飼育する飼い方

 

目つきがきついねとゾウの専門家の方からよく言われる博子

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おやつをねだって、あどけない表情を見せることも

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自分の周りにフンを集めて、イラついていることが多い博子

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水浴び中には珍しく安らかな表情を見せることがあります

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お客様に投げ込まれ、博子に破壊されたゴルフクラブ。

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やり場のない苛立ちや怒りを春子(右)にぶつけることも

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飼育体験講座の学生たちを受け入れる博子

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