新米教員奮闘記~動物園から大学へ


 37年間勤めた天王寺動物園を昨年3月末に定年退職し1年半が経ちました。退職した翌日に近畿大学で辞令をもらい新しい仕事が始まったわけですが、やっと大学生活にも慣れてきたところです。動物園での経験をどのように活かしながら大学生活を送っているのかを書き綴ってみたいと思います。


ファーブルからドリトル先生、そして教員へ 
 私は高校2年まではファーブルのような昆虫学者になるのが夢でした。それが高校3年になる頃に獣医師になりたいと強く思うようになりました。あこがれの獣医学科に入学した当初は、イヌやネコのペットクリニックの開業を目指していましたが、それが大学3年の頃からは野生動物、それも動物園獣医師へと希望が高まりました。4年生の夏休みに天王寺動物園で獣医実習をさせてもらったことで私の目標は決まりました。1973年4月、幸運にも卒業してすぐに天王寺動物園に奉職することができ、動物園人としてのスタートを切りました。
 動物園時代の思い出は今振り返れば楽しいことばかり。もちろんつらいことや苦しいこと、眠れないようなこともありましたが、楽天的な性格なのでしょうか、そういったことはどういうものか頭に残っていません。37年間のうち、ほぼ25年間が動物の手術や診察、検査など獣医臨床の仕事、残りの12年間は予算や人事、集客のための企画、新しい動物展示構想とその施設設計などが主な仕事でした。まさに動物園一筋の人生でしたから退職後も当然、動物園に関係した仕事をと考えていました。
 ところが退職1年前に近畿大学からお誘いを受けました。それまでに大阪府立大学農学部と大阪市立大学医学部で非常勤講師をしていましたが、常勤ともなるとまったく未知の分野。果たして私が大学で勤まるのだろうか、不安だらけでしたがまさに60歳の手習いともいえる還暦の大学教員としてのスタートを昨年に切ったわけです。
大学での授業あれこれ 
 私が勤務する近畿大学生物理工学部は和歌山県紀の川市にあり、そこで遺伝子工学科の学生を担当します。前期(4月~7月)は免疫学概論と1年生を対象とした基礎ゼミ、4年生の専攻科目演習とそれに並行しての卒業研究指導、もちろん就職の相談にもあたります。
 免疫学は私の得意とする分野ではなく、しかも新しい知見が次々に入ってくるホットな科目だけに、講義の組み立てには四苦八苦でした。毎週の授業の2日前は徹夜態勢で講義に用いるパワーポイントの作成に取り組んでいました。7月の最終授業を終え、定期試験の問題作成、採点、評価が終わった時には、まさに肩の荷が下りました。
 後期(9月~1月)は免疫学概論に替わって生命科学概論の担当が始まりましたが、こちらのほうは動物園での経験をフルに活用できるので、自分なりに授業に工夫を凝らしました。担当する遺伝子工学科では細胞、遺伝子(DNA),受精卵、顕微授精、核移植胚、クローン作出など肉眼では見えないようなミクロの世界が中心です。私としては学生にもっと見識を広げてもらいたく、マクロの面白さ、生命の神秘、動物の魅力、さらには地球環境にも目を向けてもらえる授業を目指しました。パワーポイントでの講義に加え、新聞に掲載された最新の関連記事を見つけては学生に読ませ、時には私が入手した動物をゲストとして教室に持ち込みました。
昨年からのゲストをいくつか紹介しますと、ヤマナメクジ、ヤマトゴキブリ、セアカゴケグモ、スズメバチなどが登場し、今年の最初の授業にはアオダイショウ、ヤマカガシ、マムシの3種のヘビが勢ぞろい。毒蛇は学生がおじけづくと思ったのですが、意外にも授業が終わってからヘビのケースの周りを学生が取り囲んで盛んに質問してくるのには驚かされました。
 後期は生命科学概論以外にも2年生対象の専門ゼミ、3年生、4年生の専攻科目演習があり、特に4年生は卒業研究をまとめ、2月には発表というところまで指導しなければなりません。昨年の4年生は当初、私も何を研究テーマにしてよいものか、考え込みました。そして注目したのがアライグマ。大学の位置する紀の川市はなんとアライグマがあちこちで出没し、農作物被害も甚大、1年間に有害鳥獣駆除で捕獲されるアライグマは4百頭を越えるほど。日本の市町村のなかでは最多のアライグマ捕獲数です。

アライグマとの再会
 アライグマが岐阜県以外では定着していなかった22年前、ひょんなことからアライグマの寄生虫であるアライグマ回虫の研究を私はしていました。5年間続けていたその研究は成果が上がったところで終了し、その後はアライグマとの縁は遠のいたのですが、この和歌山の地でアライグマと再びめぐり会えるとはなんという奇遇。

センサーカメラがとらえたキャンパス内のアライグマ
センサーカメラがとらえたキャンパス内のアライグマ
センサーカメラがとらえたイノシシ
センサーカメラがとらえたイノシシ
 

 昨年の4年生3人の卒業研究は結局次のような課題に挑戦させ成果を収めることができました。1人は大学キャンパス内の森にセンサーカメラを設置して野生動物の生態行動調査研究(イノシシやタヌキ、アナグマに混じりアライグマの生息も確認。行動する時間帯を解析)、2人目は紀の川市の農家100軒に聞き取りをしてアライグマによる農作物被害の現状調査研究(スイカやトウモロコシ、イチジクなどが壊滅的。しかし夏ミカンと桃はなぜか被害なし)、3人目は紀の川市とその周辺の神社やお寺31箇所を目視と聞き取りによる文化財被害調査研究(17箇所でアライグマの侵入痕確認。柱の爪傷、壁や障子の足跡、天井裏での出産と糞尿汚染、お供え物の盗食)。いずれの調査も予想以上の現状に、学生以上に私が夢中になって取り組んでしまいました。
 2010年の結果を踏まえ、2011年は和歌山県全域での社寺のアライグマ被害調査を行ってみたいと高等教育機関コンソーシアム和歌山の地域貢献促進事業に応募したところ、「文化財への被害防止を目的としたアライグマの生息実態に関する調査研究」で助成金をいただけることになりました。さっそく県内200箇所の社寺にアンケート調査を始めています。それと並行して、みさき公園にお願いをしてアライグマの嗜好性テストを行っています。ここではどのような果物、野菜を好み、何が嫌いかを調べています。さらに天王寺動物園では柱を立てさせてもらって、アライグマがどうやって柱を登るのか、どのような爪傷を作るのか、再現実験を行いたいと考えています。昨年の和歌山県内の社寺に残された柱の爪傷のなかにはネコやムササビと思われるものもあり、アライグマかどうかを正確に判定することが必要です。そのために動物園のアライグマを用いて実証を行なおうとしているわけです。

紀の川市・薬師寺のアライグマによる柱の爪傷
紀の川市・薬師寺のアライグマによる柱の爪傷

 実証といえば、ウエブ上でよく見かけるのがアライグマに食べられたというスイカの写真、1か所に穴があけられ中身のおいしいそうな赤みの部分だけをきれいに食べつくされている写真ですが、アライグマが犯人とされています。しかし本当にアライグマが犯人なのか、カラスではないのかという説もあります。ひょっとすると両者の共犯説もあります。そのためにもアライグマに丸ごとのスイカを与えてみたいと思っています。同様に、アライグマの被害が報告されていない桃や夏ミカンも本当に嫌いなのかどうか、確認をしなければと考えています。

桃の嗜好性テスト
桃の嗜好性テスト

 アライグマに憑りつかれて22年、やってみたいことがいっぱい出てきた感じです。和歌山でのアライグマとの再会も何かの縁、アライグマ研究はどうやら私のライフワークになりそうな予感がするこの頃です。 

(みやした みのる)