東日本大震災で被災した仲間と動物のために


 その時、私は園内の会議室で船酔いにも似た異常な揺れを感じました。2011年3月11日14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震の余波でした。あとで分かったのですが、大阪での震度は3。数字だけ見れば大したことないと思われますが、異様に長い大きな横揺れは過去に経験したことのないものでしたので、会議室での打ち合わせが終わるやいなや、テレビやパソコンで情報収集するため事務所に戻りました。地震の震源は宮城県牡鹿半島沖、規模はマグニチュード9.0、最大震度は7。日本の観測史上最大のものでした。しかも、その後に押し寄せた巨大な津波で未曾有の大災害となりました。

 脳裏をよぎったのは、阪神淡路大震災と同様あるいはそれ以上の被災者がでるかもという思いでした。そして、近くにある動物園や水族館はどうなっているんやろ?と心配になりました。東北地方の太平洋側には、岩手県にある盛岡市動物公園、宮城県にある仙台市八木山動物公園、茨城県にある日立市かみね動物園、宮城県仙台市にあるマリンピア松島水族館、福島県いわき市にあるふくしま海洋科学館(以下、アクアマリンふくしま)、茨城県にあるアクアワールド茨城県大洗水族館など多くの動物園と水族館があります。いずれも過去に行ったことがあったり、同じ獣医師や研究会で知り合った飼育担当の仲間が働いている施設です。

写真@:崩落した猛禽舎壁 
写真@:崩落した猛禽舎壁 
写真提供:仙台市八木山動物公園
写真A:ゾウ舎近くの地割れした駐車場 
写真A:ゾウ舎近くの地割れした駐車場 
写真提供:仙台市八木山動物公園
写真B:落下した猛獣舎観覧通路パーゴラ 
写真B:落下した猛獣舎観覧通路パーゴラ 
写真提供:仙台市八木山動物公園

 当たり前の話ですが、なかなか被災園館と連絡がとれませんでした。しかし、国内の多くの動物園と水族館が加盟する(社)日本動物園水族館協会(以下、日動水協)の事務局や全国にいる獣医師の仲間から徐々に連絡が入ってきました。まず入ってきたのは仲間の安否でした。幸いにも動物園や水族館で働く仲間自身には被害はなかったようです。さらに、被災した動物園からは、建物に被害はあるものの動物にはほとんど被害なしとの情報が入りました。ただ、停電、断水、燃料不足に加え、動物の餌が底を突くという悲痛な声が届きました。被災した水族館では、最も震源に近かったマリンピア松島水族館から、建物が海に隣接していたにも関わらず、立地条件と入り江の構造が幸いして1.5mの浸水ですんだこと、発電機を2階に設置していたことなどから最小限の被害ですんだことなどの情報が入ってきました。また、アクアマリンふくしまからは、地震と1階部分を飲み込んだ津波の影響で電気系統が壊滅し魚類が全滅したこと、海獣類を移動させたいとの情報が入りました。いずれの園館にも、家が流されたり、家族や親戚が被災された方がいらっしゃったにもかかわらず、飼育動物のことを考えられたようです。

 この情報は日動水協事務局を通じて全国の加盟園館に伝わりました。そして、3月13日からは義援金の受け付けが始まり、16日にアクアマリンふくしまからゴマフアザラシなどの海獣類たちが鴨川シーワールドや新江ノ島水族館などに分散して運ばれました。17日には1995年に阪神淡路大震災を経験した神戸市立王子動物園が素早く草食動物の餌である乾草を送り、続いて上野動物園が保存のきく固形飼料を送りました。その後、北海道の札幌市円山動物園がJALの協力を得て被災園館に支援物資を送りました。また、福井県の越前松島水族館と新潟市水族館マリンピア日本海は、ペンギンや魚食性の鳥類、アシカなどに必要なイカナゴやアジなどの冷凍魚類を自前の保冷車で被災園館に運びました。

写真C:当園からの支援物資の運び込み
写真C:当園からの支援物資の運び込み 
写真提供:京都市動物園
写真D:京都市動物園での支援物資の積み込み 
写真D:京都市動物園での支援物資の積み込み 
写真提供:京都市動物園

 近畿では、日動水に加盟している園館が提供できる飼料を一旦京都市動物園に集めました。またこれらの飼料に、有志で集めた募金で購入した食品や生活必需品などの支援物資を加え、28日に京都から4トントラック2台で中継地点の那須どうぶつ王国に、その足で盛岡市動物公園と仙台市八木山動物公園に送りました。もちろん、当園もこの支援に参画しました。被災園館からの情報で必要な飼料の中から、当園に在庫があってすぐに提供できるサル用(PS)、フラミンゴ用(FS)、草食動物用(ZC)、大型草食動物用(ZGF)、水禽用(MS)などの固形飼料や乾草を固めたヘイキューブ、並塩などを送りました。

写真E:八木山動物公園に届いた飼料
写真E:八木山動物公園に届いた飼料 
写真提供:仙台市八木山動物公園
写真F:八木山動物公園に届いた支援物資
写真F:八木山動物公園に届いた支援物資 
写真提供:仙台市八木山動物公園

 このような全国の動物園水族館の仲間たちの協力で、被災園館は急場をしのぐことができたそうです。その後、被災園館では、徐々に水が、電気が、ガスが、道路が通じ、自力で動物の餌等を入手できるようになり、ここに初期の支援活動を終えました。

 その後、盛岡市動物公園は3月13日の春の開園を延期し4月9日から開園しました。日立市かみね動物園は3月22日から、アクアワールド茨城県大洗水族館も4月1日から営業を再開しました。仙台市八木山動物公園とマリンピア松島水族館は日を同じくした4月23日から営業を再開しました。しかし、アクアマリンふくしまは営業再開の目途が立っていませんし、営業を再開した園館も元の形に完全に戻ったわけではありません。

 気が張り詰めていた時期を過ぎるとドッと疲れが出てきますし、精神的なダメージはなかなかぬぐえないでしょう。でも、動物園や水族館で働く者にとって、一番の良薬はお客様です。お客様に来ていただき、お客様の笑顔や笑い声を感じることこそが元気の源になるはずです。被災地も被災園館も復興するのには時間がかかるでしょうが、われら動物園人や水族館人は今後も仲間のために何らかの形で支援を続けます。皆様も、機会がありましたら、被災地の園館を訪れて、元気を与えてあげてください。

 

(竹田 正人)