キーウィに関する天王寺動物園との保全繁殖共同研究


 1997年11月号の本誌に「希少動物の種の保存 あなたは関心がありますか?」とのタイトルの拙文を寄稿してから、はや十数年が経過しました。しかし残念なことに、私たち人間の活動に起因する全球レベルでの自然破壊は止まるところを知らず、1996年版の国際自然保護連合(IUCN)のレッドリスト(Red List of Threatened Species)に10,533種と記載された「絶滅のおそれのある動植物」の数は、最新の2010年4月版では18,351種に増加しています。

 現在進行中のこの「完新世の大量絶滅(Holocene Mass Extinction)」の回避は、われわれ人類の責務であり、動物園や水族館はそのための後方支援基地としてその役割が大いに期待されています。私が主宰する動物多様性保全繁殖研究室は、国内各地の動物園や水族館と共同して、様々な希少動物の飼育下個体群の遺伝的多様性を、彼らが野生復帰可能となるまでの長期にわたって健全に維持するための繁殖研究を行っています。具体的には、動物種ごとに繁殖生理を解明し、個々に応じた自然繁殖の工夫や人工繁殖技術の応用を行い、これまでにチーターやジャイアントパンダなどで赤ちゃんを誕生させています。天王寺動物園とは、哺乳類ではオランウータンやチンパンジーなどの霊長類、鳥類ではソデグロヅルやキーウィ、爬虫類ではヨウスコウワニやコーンスネークで共同研究を展開中です。本稿では、昨年、当研究室の学生が卒業研究で取り組んだ雄キーウィの繁殖能力の検査について紹介します。

  キーウィはニュージーランドにのみ生息する、ダチョウと同じ飛翔能力を持たない走鳥類の一種であり、天王寺動物園で飼育されているのはキタタテジマ種(North Island Brown Kiwi)で、この種は2008年の見積もりでは生息数が25,000羽と推定され、前出の最新版レッドリストでは絶滅危惧種(Endangered)にリストアップされています。

 ニュージーランドには、キーウィのほかにもタカヘなど飛べない鳥が多数生息していますが、これは、天敵となる陸生哺乳類が出現するより前に孤立したニュージーランド諸島の独特の生態系における進化の賜物と考えられています。しかし今日、ヒトによって持ち込まれた肉食獣による捕食圧が、彼らを危機的な状況に追いやっています。この対策として現地では、野生下の卵や雛を収集捕獲して動物園などの飼育下で孵化育成し、捕食者に対抗できるサイズになってから放鳥する活動(BNZ Operation Nest Egg™)を1994年から始め、翌年には最初の放鳥が行われ、2008年には1000羽目の雛が孵化しています。この保護活動の過程で、キーウィの保全繁殖技術のうち卵の人工孵化法についてはほぼ確立されたといってよいでしょう。

図1 雄のジュン
図1 雄のジュン

 

 天王寺動物園には、現在、それぞれプクヌイジュン(図1)という名の雌雄各1羽が夜行性動物舎で飼育されています。キーウィは、一部の種を除いて夜行性ですが、フクロウなどとは違って鳥目(とりめ)で、暗闇での活動は、鳥類には珍しく長細い嘴の先端に開口している外鼻孔を介した嗅覚に頼っているようです。

 研究対象とした雄のジュンは1982年1月生まれで、同年7月に来園しました。一方、雌のプクヌイは1988年10月生まれで、1991年7月に来園し、その後これまでに15回産卵しています(表1)。ニュージーランドの飼育下では、雌は一年を通じて産卵するようですが、3〜4月は少なく、多いのは6〜12月といわれており、プクヌイも3月に産卵したことはなく、10回が6〜12月の期間中でした。キーウィは、体のサイズはニワトリ程度ですが、卵のサイズはLLサイズ(約75 g)の鶏卵6個分以上で、これは母鳥の体重の約1/4に相当します(図2)。

図2 ブヌクイが産んだ卵と本種の剥製
図2 ヌイが産んだ卵と本種の剥製

 

  プクヌイは、1997年と2009年はジュンと、それ以外の年については以前飼育されていた別の雄個体との間でペアリングが試みられましたが、いずれも交尾は確認されず有精卵も得られませんでした。飼育下におけるキーウィの高齢繁殖の記録は、雄が27歳11ヶ月、雌が29歳10ヶ月と報告されており、この国内唯一のペアも年齢的に繁殖の限界に近づきつつあります。そこで最後のチャンスとして人工繁殖を視野に入れて、まずは個体の繁殖能力を調べてみました。

  動物の繁殖能力を調べる指標としては性ホルモンが有用であり、その測定材料には血液が最適で、キーウィでもニュージーランドのMassey大学の研究者が野生個体の血液中の性ホルモン濃度を測定しています。しかし、本種のみならず野生動物全般に、採血は個体に対するストレスや麻酔のリスクが大きく、日常的な実施は困難です。そこで私たちは、動物に触れずに採取できる糞や尿を検査材料に採用しています。すなわち、血液を介して標的器官(性腺)に作用し、その役割を終えて排泄された性ホルモンを測定しています。この結果が血液中とおおむね一致することは、セイウチやゾウなどトレーニングで容易に採血できる動物種で比較検討しています。

図3 ジュンの糞中テストステロン値の月ごとの変化
図3 ジュンの糞中テストステロン値の月ごとの変化
表1.プクヌイの産卵日
表1.プクヌイの産卵日

 

 卒業研究では2010年4月から翌年の1月までの10ヵ月間にわたってジュンが排泄した糞を採取し、そこに含まれる性ホルモンの量を酵素免疫測定法で調べました。結果は、図3のグラフに示す通りで、雄性ホルモンの一種であるテストステロンは、5月に微増したあと6月は一旦減少し、その後7、8月に増加してその後は減少してゆきました。ほぼ同じ変化を前述のMassey大学の研究者も報告していることから、ジュンの繁殖能力はまだ衰えてはおらず、人工繁殖を実施すれば、子孫を残せるチャンスがあると考えられました。

 次は雌の番ですが、ここでひとつ疑問が浮かびました。ペンギンのような南半球産の鳥を、季節が逆の北半球で飼育すると、数年のうちに繁殖周期が半年ずれて北半球型になります。プクヌイジュンも大阪で20年近くも飼育されているのに、産卵時期やホルモン動態が南半球型のままなのはなぜだろうか?キーウィが鳥目なことは先に述べましたが、脳に関する最近の研究から視覚伝達路が相当貧弱であることが示されており、もしかすると何か関連があるのかもしれません。とにかく不思議な生き物ですが、同じ地球上にキーウィのような愉快な仲間が沢山いたほうが絶対に楽しいと、皆さんは思いませんか?

(くすのきひろし)