賑(にぎ)やかになったクマ舎より


〜ニューフェイスの紹介〜
 現在、天王寺動物園の熊舎ではメガネグマ(ペア)・ツキノワグマ(雌1)・マレーグマ(雄1)を飼育展示していますが、昨年の10月25日に新しい仲間が入りました。
ツキノワグマの雄で奈良県・吉野で捕獲された野生の個体です。彼の名前をヨッシーと名付けましたが、のちにこの可愛い名前とのギャップを思い知らされることになるのですが・・・

 昨年の2010年は全国各地で熊が人里や街中に出没し人々が襲われ死者・負傷者は10月の時点で100人近く出ていて、2006年の145人に次ぐ勢いでした。その要因として餌となるドングリ類やブナの実の不作、また昨年は、これらに加えて春先の低温と夏の猛暑の影響でミズナラの実も少なく越冬前に栄養を摂ろうと人里へ出てきたため死傷者が数多く出たわけです。通常、ツキノワグマは4月頃冬眠から覚め5月下旬から7月初旬にかけて繁殖期を迎え、オスはメスを求めて盛んに動き回ります。しかし繁殖期が終わった7月から8月の夏場は特に山に食べ物がなく人里に下りてきて農作物(トウモロコシ・プルーン・ブドウ・桃など)を食い荒らすケースが目立ちます。

ニホンツキノワグマ:プーコ
ニホンツキノワグマ:プーコ

 またそれらは、地域の過疎化や狩猟人口の減少も要因の一つかもしれません。若い人達は都会へ出て行き、地域は高齢化し、山に人の手が入らなくなり、山菜・キノコの時期以外は人の気配もなく、耕作放棄地なども増えたため従来あった「ヒト」と「クマ」との生活境界線が無くなったからだともいえます。彼ら自身も人に対して警戒心が薄れてきている・・・それは狩猟免許所有者が50万人いた1970年半ばに対して現在は13万人減っているそうで、だから今の彼らは山で人や猟犬に追われ猟銃で撃たれ追い回されて怖い経験をしたことがないのかもしれません。外来生物でない彼らは日本の山に棲むのが自然であり、絶滅はさせたくないのですが増えすぎても逆に人や農作物に被害をもたらします。私たちは野生動物と人とがうまく共存できる方策を早急に考えて実行する必要があります。

 ヨッシーも吉野の山で2回捕獲されました。吉野では6頭確認されていますがその中でも体重が76kgあり最大でした。奈良県の条例で同個体が3回捕獲されると殺処分なので彼の殺処分は時間の問題でもありました。奈良県から話があった時、当園では年老いた雌グマ飼育が一頭のみであったため“殺処分では悲しすぎる!”と引き取ることに意見が一致しました。

 だがいざ来てみて思ったのは、『動物園育ちの個体と野生の個体とは違うなぁ〜』でした。寝室の鉄格子窓から覗くたびに『グゥォ〜』と吠えて唾を吐きかけは飛びかかってきます。私たち担当者はかかって来るタイミングもわかってきたのですが、初めて見た職員らは腰が抜ける程、驚いていました。こんなのが山で襲ってきたら絶対勝ち目なし″を実感するほどでした。寝室の天井にもよじ登り電球も粉々に割ってしまうほど元気が有り余っているようです。

メガネグマ:マックス(ダイスケ:左)とペギー(右)
メガネグマ:マックスダイスケ:左)とペギー(右)

 彼が吠えて暴れるのもわかります。怖いのです・・・いきなり捕獲檻に閉じ込められ麻酔で眠らされて気が付けば全く知らない所で見た事もない人がたくさんいる・・・みたいな。

 でもその野生味あふれるヨッシーも2か月を過ぎたあたりから吠えて飛びかかってくることが少なくなり餌を与える時も以前は引っ掻いてやろうと手を出してきていたのが、最近はおとなしく食べており、ようやく今の環境と人に慣れてきてくれたのかなぁ・・とホッとしていたのと同時に、つぶらな瞳や寂しげな顔を見ている私も愛おしく思えてきて「彼にはなんの罪もない。この先彼には愛情を注いでやらねばかわいそうだな」と思いました。

 しかし、少しずつ私たちに心を開き始めてくれた『ヨッシー』とも3月9日でお別れです。

 神戸・王子動物園の熊舎が改修工事で新しく完成するので神戸に行き、姫路セントラルパークのツキノワグマが天王寺へ来るという三角トレードが成立したからです。実は姫路とは以前より熊をもらう話がありヨッシーが捕獲されるのが少し遅れていれば先に姫路の個体を入れることになり、そうなるとヨッシーを受け入れられず、今頃は3回目の捕獲で殺処分されていたかもしれません。彼にとってはどちらが幸せだったのかはわかりませんが・・・

 この原稿を皆さんが読まれる頃には彼は神戸に行っています。

 お別れの前々日(前日は当日麻酔のため、絶食)には彼の好きな果物をいつもより多目にあげたりパンにハチミツを付けてあげたりしました。

 私達の都合で転々と住み家を移動させて申し訳なく思いますが、命拾いした運のいい奴なので早く神戸の環境に馴れて王子動物園の人気者になり長生きする事を心から願っている次第です。

 ところで、11月8日には東山動物園からマレーグマの雌「マーサ」が入園しています。彼女は現在2歳で6月で3歳になる少女であどけなさが残っていますが、実はこのマーサ、この春、雄で8歳になったマーズのお嫁さん候補なのです。偶然ですが2頭の名前がよく似ているので当初はよく間違って呼ぶ事もありました。
彼女は入園後しばらくの間はヨッシーと同じくマーズや私に毎日のように吠えていました。マーズとは寝室の鉄格子窓からお見合いですが毎日のように顔を合わせれば吠えたてる彼女にマーズも困惑顔でした。『なんて気が強い女や!』『でも気になるなぁ〜、気が強いのもいいかもなぁ〜』と寄って行くと凄い剣幕で怒られていました。

マレーグマ:マーズ(下)とマーサ(上)
マレーグマ:マーズ(下)とマーサ(上)

 あどけない顔からは想像できない太く大きな吠え方には驚かされましたが、食欲にも驚いています。残さず食べるし食べるのもすごい速さです。今後は肥満にならないように体調管理には注意を払わなければなりません。

 ヨッシーと同じくマーサも日が経つにつれて全く吠えなくなり、逆に私の姿を見ると甘えた声を出すようになりました。

 寝室での検疫も無事終了し、両寝室間の移動もスムーズに行なえるようになり、1月31日の休園日の朝10時30分より初めて屋外展示場に出しました。

 興奮して走り回るかも?警戒して出ないかも?の私の予想に反してゆっくりですがすぐに出て行き展示場でも走り回ることもなく、ゆっくりと辺りの匂いを嗅ぎながら歩いていました。その日は寒いこともあって1時間で収容しましたが、収容もすぐに自分の部屋に入りました。その2日後の2月2日からは毎週、月・水・金曜日に終日屋外に展示しています。

 暖かくなる春からマーズとの同居を考えていますが、またあの大きな声で吠えてマーズを圧倒するのか?その逆なのか?今から楽しみにしています。
皆さんも是非、マーズマーサに逢いに来てやって下さい。

(松下 達夫)