ツシマヤマネコ保護の取り組み


対馬に棲むツシマヤマネコ

 対馬は九州と朝鮮半島の真ん中くらいに位置する日本で3番目に大きな島です。天気の良い日は島の北端から韓国が見えることもあり、ツシマヤマネコをはじめとする大陸に起源を持つ動物や植物の他、対馬に暮らす人々の文化も、対馬がかつて大陸と日本の陸橋や海橋だったことを示しています。

 

対馬野生生物保護センターの取り組み
 対馬野生生物保護センター(以下、センター)では10名のスタッフがツシマヤマネコの保護のために保護行政、普及啓発、調査研究、救護などに当たっています。

リアス式海岸の浅茅湾(写真提供:対馬観光物産協会)
リアス式海岸の浅茅湾(写真提供:対馬観光物産協会)

野生のツシマヤマネコは推定生息数が80−110頭と数が少なく、人目を避けて行動するため、対馬市民でも見る機会はほとんどありません。センターでは少しでもヤマネコを身近に感じてもらえるように1頭を公開している他、島内の小中学生対象のヤマネコ教室開講や、自然観察、調査体験等の普及啓発や、山道を歩いて糞や足跡を探す痕跡調査などを行っています。ヤマネコが交通事故や衰弱で保護された時には治療し、野生に戻すためのリハビリを行います。

ヤマネコ教室
ヤマネコ教室

 

生息環境を守る

 約50年前まで、対馬全体に約200−300頭生息していたとされるツシマヤマネコは何故減ってしまったのでしょう? 交通事故、ノラネコからうつされる感染症、ノライヌによる咬傷や、トラバサミというワナに誤ってかかってしまうなど、多くの要因が複雑に関係していますが、最も大きな理由は生息環境の変化だと考えられています。
 自然の豊かな対馬は、もともと農林漁業が盛んでした。しかし、過疎化や高齢化により第一次産業は衰退し、適切に管理された山林や田畑が減少しています。ヤマネコの餌となるネズミやカエルなどの小動物が豊富な田んぼや里山が少なくなっているのです。

田んぼのヤマネコ(自動撮影)(写真提供:佐護ヤマネコ稲作研究会)
田んぼのヤマネコ(自動撮影)(写真提供:佐護ヤマネコ稲作研究会)

 そこで、センターでは地元の方と協力してツシマヤマネコが棲みやすい環境づくりに取り組んでいます。アンブレラ種であるヤマネコが暮らしやすければ、他の多くのいきものにとっても暮らしやすく、対馬の生態系全体を守ることができます。
その一つは、佐護ヤマネコ稲作研究会(http://www.yamanekomai.com/)による「佐護ツシマヤマネコ米」生産です。従来よりも農薬の使用量を減らし、いきものが沢山すめる田んぼで、人にとっても安心・安全なお米をつくっています。どこまで農薬を減らせるのかなどを試行錯誤中なので生産量はそれほど多くありませんし、手間がかかる分それを上乗せした価格で買ってくれる消費者に届ける仕組みもこれからつくっていかなければなりません。けれど、対馬やまねこ空港や各地のイベントで販売できるようになるなど、少しずつ活動の輪が広がっています。

ツシマヤマネコ
ツシマヤマネコ

 もう一つは、ヤマネコのための森づくりです。この森はボランティア団体「ツシマヤマネコ応援団」が、ネズミなどの餌となるどんぐりがなる木の苗を舟志(しゅうし)にある住友大阪セメントの社有林に植樹をしたことがきっかけでした。その後、地区の方により、舟志の森全体でヤマネコが暮らしやすくなるよう間伐などの手入れが始まりました。さらに、ヤマネコや森づくりについて学んだり、森づくり体験ができるように「舟志の森自然学校」(http://sizengakko.exblog.jp/)の運営も始まっています。

 

野生復帰事業

 環境省は、日本動物園水族館協会の協力のもと全国の動物園でツシマヤマネコの飼育下繁殖事業を実施しています。これは、対馬の生態系が回復するまでの間、野生個体群に大きな問題が生じた時に種の絶滅を回避することなどが目的で、現在は井の頭自然文化園、佐世保市亜熱帯動植物園、富山市ファミリーパーク、福岡市動物園、よこはま動物園ズーラシアの5園と対馬野生生物保護センターで35頭(2011年2月現在)を飼育し、飼育下個体群の維持に努めています。

 一方、対馬の野生個体群は頭数が最初に述べたように100頭前後で、哺乳類では種を維持するためにはぎりぎりの数字です。特に対馬南部ではヤマネコの生息情報がほとんどなく、このままでは南部からヤマネコがいなくなってしまう可能性があります。

飼育下で生まれた仔ヤマネコ(写真提供:福岡市動物園)
飼育下で生まれた仔ヤマネコ(写真提供:福岡市動物園)

 そのため、飼育下で生まれたヤマネコを対馬の自然に戻す「野生復帰事業」が検討されています。日本では既にトキやコウノトリで行われていますが、哺乳類ではツシマヤマネコが初めてです。

 野生を知らない動物園生まれのヤマネコが自然の中で生きていくためにどのような準備や訓練が必要なのか。哺乳類の野生復帰事業は海外でも事例が少なく、慎重に検討を重ねています。

 

終わりに

 ツシマヤマネコの保護活動は地元対馬の他にも、全国の動物園や大学、企業、NPO、ヤマネコの保護に心を寄せる沢山の個人に支えられています。多くの方にご協力いただけるのは、種の絶滅を防ぎ次世代に引き継ぐためという理由の他に、対馬とヤマネコに人をひきつける魅力があるからなのではないかと思います。

 どんな魅力をもっているのか、動物園や対馬に確かめに行ってみてはいかがでしょうか?

(やまもと はなえ)