ハルミの爪切り


 キリンのハルミは現在26歳、これはキリンの平均寿命を少し超えていると思われ、いってみればお婆ちゃんです。このハルミの肢の爪(蹄)が伸びすぎて蹄の病気になってしまい、それを切らなければならなくなりました。蹄を切ったり削ったりするのを削蹄といいますが、これがなかなか大変だったのです。

キーパー治療前
キーパー治療前

 ウシやウマなどの家畜の場合、削蹄師という人がいて、その動物の肢をしっかり固定したうえで専用の道具で形を整えます。これでもかなりの技術が必要なのですが、キリンの場合、肢を固定することがまず無理です。キリンは襲ってきたライオンを蹴り殺すこともできるぐらい、すごいキック力を持っています。

 以前先輩方が、キリンが夢中になってエサを食べている時に、柵の外から長い棒の先にノコギリをくくりつけた道具で、そーっと切るという方法で切り落としていたのを思い出し、そのやり方をまねてみたりもしたのですが、今回の場合、かなり痛みがあるらしく、いくら好きなエサを与えてみても、蹄にノコギリが近づくだけですぐに気付いて逃げてしまうのです。もっと早くに処置していれば・・・と悔やむと同時に、そこまでつらいのなら、よけいになんとかしてあげないと、と思いました。

 そうして思い悩んだ末、時間はかかるものの、ハルミ自身に蹄を触られることに慣らしていこう、というふうに決めました。水族館でイルカやアシカにショウをさせたり、注射されるのを慣らしたりするときに用いるトレーニング方法があるので、それを取り入れてみました。といっても私自身そんなトレーニングをやった経験などなく、本を読んだり、他園の方からアドバイスを受けたりして試行錯誤しながら進めていきました。

キーパー削蹄用のこぎり
キーパー削蹄用のこぎり

 まずクリッカーという特定の音が出る道具で、「カチッ」と鳴らした後すぐにエサを与えます。これを繰り返して行ううちにカチッ=エサというふうにハルミに認識させます。それからは少しずつハルミの肢に近づき、ハルミが逃げずに落ち着いていればカチッとやります。その距離で嫌がれば少し離れたところからやり直し、完全に慣れればさらに距離を縮めます。こうして何日もかかりましたが、柵越しにハルミの足元にいても落ち着いているぐらいまでになりました。つぎは実際にノコギリで蹄を切るのですが、いきなりゴリゴリやるとまた嫌がられてしまいます。まずは柔らかいダチョウの羽などでそーっと触りました。次に普通の棒を用い、その次には触りながらヤスリで地面をこすって、ゴリゴリ音を鳴らしたりと、少しずつ慎重に進みました。あくまでも今行っている段階にハルミを慣れさせ次のステップに進みます。こちらとしては一刻も早く切ってあげたいのですが、あせりは禁物です。

 そうしていよいよ切る段階まできました。一人がハルミの正面に立ち、ハルミに声をかけてから数秒かぞえます。その間ハルミがじっとしておれば、カチッです。そしてもう一人の係員が、数をかぞえている間のみ蹄を切ります。あとはひたすらこれの繰り返しですが、キリンの蹄はとても硬く、またハルミがじっとしていられる限界はおよそ6秒ほどと短いのでなかなかノコギリが進みません。しかもハルミがこのトレーニング自体に集中する時間も10〜15分ほどであるためほんとに毎日コツコツ切るという感じです。

 ですが他の飼育員や獣医師の協力もあって、なんとか切り落とすことができました。

キーパー削蹄後回復した蹄
キーパー削蹄後回復した蹄

 今はまだ、寝室から放飼場に到るスロープを登るのが厳しいため出せていませんが、少しずつ歩き方も良くなり、いずれ広い放飼場で皆さんに再会できるのでは、と思っています。皆さん、ハルミお婆ちゃんを見かけたらあたたかく見守ってくださいね。

(油家 謙二)