アマミノクロウサギがすむ亜熱帯の島・奄美群島


 奄美大島でうまれた私は、高校卒業後、進学(北海道大学獣医学部)や仕事(財団法人日本モンキーセンター、日本獣医畜産大学、大阪大学、広島国際大学)で転々としたあと、5年前に50年ぶりに島にかえって生活するようになりました。島をはなれてからわかった奄美群島の生き物たちの魅力のもとは、奄美群島の成り立ちの歴史にあるようです。
 南西諸島(琉球・奄美列島)は、大地の沈下や海水位の変化によってついたりはなれたりしていた大陸や日本列島と、約100万年前に、完全にはなれてしまいました。アマミノクロウサギは、現在は、奄美群島の中の奄美大島と徳之島だけに生息していますが、祖先たちは、じつは1000万年ほど前に大陸から移動してきていました。しかし、さらに海水位があがって多くの大地が海面下に沈んだときに、アマミノクロウサギの祖先たちが比較的高い山があった現在の奄美大島と徳之島だけで生きのこったのです。奄美群島は今から約1万年前に今の形におちつきましたが、いったん沈んだあとに、隆起サンゴの島としてあらわれた島々には、アマミノクロウサギはすんでいません。

奄美の森―恐竜が出てきそうなヒカゲヘゴの群生
奄美の森―恐竜が出てきそうなヒカゲヘゴの群生


南西諸島は、基本的には亜熱帯性気候なのですが、熱帯系の生物と温帯系の生物が共存する不思議な環境ができあがり、そのことが、他に類を見ないほど、多様な生き物たちをはぐくむことになりました。世界自然遺産登録の候補地になっているのもそのためです。

アマミノクロウサギの特徴
 世界のウサギ類の中で特別の位置にいるアマミノクロウサギは、1921年に、動物界はじめての国の天然記念物に指定され、その後、1963年には、もう一ランク上の特別天然記念物になりました。奄美には、ほかにも、哺乳類のケナガネズミやアマミトゲネズミ、鳥類のルリカケス、オーストンオオアカゲラ、オオトラツグミ、アカヒゲなどたくさんの天然記念物の動物がいますが、アマミノクロウサギだけには“特別”がついています。
 100万年もの昔から他の地域とは隔離された環境で、原始的な姿を色濃く残しながら独自の進化をとげてきた奄美の象徴ともいえるアマミノクロウサギは、“生きた化石”ともいわれ、本土にいるノウサギとはかなりことなった姿形をしています。
まずはその色。クロウサギといわれていますが、真っ黒ではなく、褐色というほうがいいのかもしれません。そして長いものときまっているウサギの耳ですが、アマミノクロウサギの耳はそれほど長くはありません。

野生のアマミノクロウサギ(写真提供:大野睦夫氏)
野生のアマミノクロウサギ(写真提供:大野睦夫氏)

 さらにその手足(四肢)は、いかにもすばしこそうな長い手足をもつ本土のノウサギにくらべると、とても短くずんぐりむっくりしていて、人が走って追いかけてもつかめそうなくらい“どんくさい”印象をうけますが、巣穴を深くほるためのその手足はがっしりとしていて、爪もとても頑丈です。
 アマミノクロウサギの母親は、自分の巣穴とは別に、出入り口を土や石ころでふさいだ子育て用の巣穴をもっていて、二日に一度ほど、子どもにお乳をやりにその巣穴にやってきます。飲ませおわったあと、母親は、また巣穴をふさいでいってしまうので、次の授乳までの間、子どもは暗い穴の中で一頭ですごすのですが、これは、猛毒をもつハブにおそわれるのを防ぐためではないかと考えられています。こうして1ヶ月〜1ヶ月半ほどたったころから、子どもは穴からでて親と一緒に行動するようになるようです。
 しかし、まだまだわからないことだらけです。出産の季節についても、年中産むけれども、冬(11月から1月くらい)が多いということが、ようやくわかってきたところです。


アマミノクロウサギたちの苦難
 世界中で奄美大島と徳之島だけに生息するこの貴重な生き物は、今、さまざまな危機にさらされています。かつては奄美大島全域に生息していたアマミノクロウサギは、その分布域がしだいにせばめられてきて、今では島の半分以下になっています。
 原因のひとつは、森林伐採です。伐採によって、彼らを含めたそこにすんでいた動物たちは生活していけなくなってしまったのです。ふたつめは、ハブ対策として奄美大島に放された外来生物のマングースによる被害です。マングースは、ハブよりも手にいれやすい他の在来生物(もともといた生き物)を食べることが多く、アマミノクロウサギも例外ではないのです。しかし、環境省によってマングースを駆除するためにつくられたマングースバスターズという組織の活躍によって、マングースの数はかなり減少してきているようです。困難ではありますが、マングースの絶滅めざしてがんばってほしいと思います。みっつめは、人の手をはなれて野生化しているノイヌ・ノネコの問題です。彼らは、アマミノクロウサギをはじめ奄美の貴重な在来生物などを食べているのです。彼らの糞からは、アマミノクロウサギの骨や毛が見つかっていますし、ノネコがクロウサギをくわえている写真が公表されて世間に衝撃を与えました。

ノネコにくわえられたアマミノクロウサギ(写真提供:環境省奄美自然保護官事務所)

ノネコにくわえられたアマミノクロウサギ

(写真提供:環境省奄美自然保護官事務所)

 さらに、交通事故の問題もあります。夜行性のアマミノクロウサギを見るにはそれなりのマナーが必要なのですが、心ないドライバーにひきころされた死体が見つかるケースもふえてきています。

ひき逃げされたアマミノクロウサギ(写真提供:川口秀美氏)
ひき逃げされたアマミノクロウサギ(写真提供:川口秀美氏)


これからのこと
 世界的にみても貴重な奄美の自然環境を守り、そこに生息する多くの動物たちの将来を保障する道は、上にあげた問題点をとり除いていくことにつきます。それらが徹底されれば、不思議な環境の中のアマミノクロウサギを含めた貴重な生き物たちは、これからもずっと生きつづけ、私たちに自然のすばらしさをおしえつづけてくれることでしょう。

(にぎ ひでお)