生物多様性が育むイヌワシとクマタカ


 今年の4月に動物の担当移動があり、クマ類から類人猿の担当へと異動になりました。天王寺動物園の類人猿舎には7頭のチンパンジーと3頭のオランウータンが暮らしています。私はオランウータンを主に担当し、チンパンジーの担当者が休みの時はチンパンジーも担当することになりました。

「類人猿との関わり」

 類人猿の担当になったのは始めてですが、クマの担当は類人猿の担当者と同じ作業グループだったので、クマを担当していた2年前から、少しずつ類人猿と接してきました。

 類人猿は人の顔を覚えているので、見知らぬ人間が類人猿舎に入ると警戒します。私も、初めのころは、チンパンジーの雌ミナミにはウンコを投げられ、雄のリッキーには私の手を掴んで檻(おり)の中に引きずり込もうと狙われたりもしました。他のチンパンジーも私が来ると大音量で鳴き叫び、威嚇されました。オランウータンは寡黙で騒いだりはされませんでしたが、雌のサツキにはよく唾(つば)をかけられたものです。彼らは初対面の人間にそんなに簡単に心を開いてくれませんでした。 こうした問題はそれぞれ性格がある類人猿たちを理解し、仲良くなろうとする姿勢と時間が解決したように思います。今年4月から本格的に類人猿舎で仕事雄るようになってからは、以前から徐々に関係を築いてきたおかげで、彼らは快く私を受け入れてくれたように思います。

チンパンジーの雄リッキー
チンパンジーの雄リッキー
オランウータンの雌サツキ
オランウータンの雌サツキ

「本格的に類人猿の担当になって」

 担当になり日々彼らと接していると、類人猿の一人一人の生活が見えて来るような出来事に出会うことがあります。  群れ生活をしているチンパンジーでは、雄を中心とした群れの構造が見えて来ました。運動場ではまだ子どもの雌レモンは周りに大人がいると態度が大きくなり私に対して砂をかける等の悪戯をします。そんな時リッキーレモンにそんなことしてはだめだよと抱き寄せて頬をポンポンと触ってあやしている姿が見られます。

 普段単独生活をしているオランウータンは、通常は野生と同じように単独で飼育していますが、繁殖時だけ雄と雌を一緒にします。単独で生活をしている時には、私に対して寛容な態度を見せていた雄のミミが、雌のサツキと交尾してからは態度が突然攻撃的になったりもしました。私を恋のライバルと思ったのでしょうか。

チンパンジーの雌レモン
チンパンジーの雌レモン
オランウータンの雄ミミ
オランウータンの雄ミミ

「僕が悪かった!ごめんね!モモコ」

 これまで類人猿と接した短い期間の中で色々な出来事がありました。そんな中でも、一番忘れられないのがオランウータンのモモコ♀との思い出です。 類人猿と接し始めた時。ウンコを投げて来たり、唾をかけたりする個体がいる中で、オランウータンのモモコ♀は人懐っこく、私にとって天使のような存在でした。担当になる1年ほど前に類人猿舎の作業を1人でする機会がありました。モモコは作業に不慣れな私にイタズラをして言うことを聞いてくれない事がありました。次の作業を急いでいた私はモモコに、水をかける仕草をしてイタズラをやめさせようとしました。その行為がモモコを不安にさせたようです。

 そして時がたち類人猿の担当になってから、彼らとの関係は順調に築けたかに思えましたが、一番人懐っこいはずのモモコから食事の時間に突然、唾をかけられました。これはかなりのショックでした。モモコはあの時の事をずっと私に対して不信感を抱いているのではと感じました。モモコの唾かけは数日続きました。しばらく考えた後、ここは体当たりで謝ってみようと、唾をかけられながらモモコに近づいて「モモちゃんの事いじめる訳ないやろ。モモちゃんのこと好きやで。ごめんな。」と謝ると表情が軟らくなり、ピーナッツをくれたのです。どうやら許してくれたようです。 チンパンジーもオランウータンも相手の考えていることを理解出来るとっても頭がよい動物です。私たち人間も霊長類と呼ばれサルの仲間です。チンパンジーやオランウータンはニホンザルよりも私たち人間と遺伝子的に近いことが分かっています。そんな彼らには豊かな個性があります。

オランウータンの雌モモコ
オランウータンの雌モモコ

今後の抱負

 豊かな感情を持つ彼ら一人一人の個性を大切にして、彼らがより輝けるように、そして、類人猿の素晴らしさを動物園でどのように伝えられるかよく勉強し、実行していきたいと思います。

 また、オランウータンは絶滅の危機に瀕する希少種で、動物園における種の保存の取り組みの中でも重要な位置にあります。去年はサツキミミのとの間に身籠った命が残念ながら死産となりました。その場にいたスタッフは死んで生まれたその子の姿を決して忘れません。今年7月にはミミサツキ、またミミモモコの間にも交尾が確認されました。

 今年はオランウータンの繁殖に関して重要な一年になると考えております。皆様に新しい仲間の紹介するのが私の目標です。

ミミとサツキの交尾
ミミサツキの交尾

撮影・文:上野 将志