ゴーゴの飼育日誌@


 ゴーゴは3年前ロシアの動物園からやってきた、若い雄のホッキョクグマです。今年の12月で5歳を迎えますが、来園時は体重170kgほどだった体重は、現在は推定300kgになるまで成長しています。毎週土曜日にはえさとして生きたコイを与えることになっており、大きな体のゴーゴが泳ぐコイに向かって飛び込む姿は大変迫力があります。また丸太の棒やガス管などを遊具代わりに器用に遊ぶ姿はとっても愛らしく、来園以来すっかり天王寺動物園の人気者になっています。
 野生動物はえさを探すことに長い時間を費やしますが、動物園の動物はえさを探す必要がなく時間を持て余してしまう傾向にあります。そのため、動物園では動物が時間を持て余すだけではなく、健康的に暮し精神的にも豊かで充実した生活を送れるように工夫しながら飼育することを目指しています。それらの工夫をエンリッチメントと呼びます。昨年までのゴーゴは子どもだったこともあり時間を持て余すことなく、入れた遊具を使って遊んでいました。しかし、大人に近づくにつれ、一時期全く遊ばなくなってしまいました。いくつかあるお気に入りの遊具も使ううちに飽きてしまい、興味を示さなくなってしまったのです。

●ゴーゴのエンリッチメント

 遊具に興味を示さず、暇そうな動物は、お客さんも楽しくないばかりか、動物たちの心身にも良くありません。そこで、ゴーゴにとって何が必要なのか知るため、いろいろな案を試し、その日のゴーゴの一日の行動を調査することにしました。そこから得られたデータをもとにゴーゴの生活を豊かにする対策を探っていくことにしました。それらの試行錯誤していく過程をみなさんに紹介します。 それでは行動調査のデータを検証してみましょう。

遊具を投げるのが得意です。30キロ程の重さの物も器用に投げます。 行動も活発で表情が楽しそうです。 プールに遊具を放り投げてそれに向かって飛び込みます。 その一連の動作は大変動きが早く迫力満点です。

●ゴーゴの1日

グラフ 2008年初冬の遊具のエンリッチメントでよく遊びがみられていた頃のデータです。この日は朝から5種類の形状の違う遊具を設置し、後は何もせず夕方の収容時間を迎えるまでえさも与えず何も手を加えない条件で行動を調査しました。
午前中はよく遊んでいますが、午後になると次第に常同行動が増え、13時30分を過ぎたあたりから遊びを逆転してきれいに逆相関の関係を示しています。ゴーゴに見られる常同行動とは同じところを行ったり来たりするタイプのもので、一種のストレス反応ではないかと考えられます。
 午前から午後にかけてなぜこのような行動の変化を示す理由の一つには遊具で遊ぶことに飽きてしまうことがあげられますが、それとは別に食事の時間が影響しているのではないかと考えられます。閉園時間が近づくと動物は寝室へ収容し、そこで食事をします。飼育している私の印象では、食事の時間が近づくにつれ、行動に落ち着きがなくなり常同行動の発生の割合が増していく傾向があるのではないかと感じます。
 このデータのしめす行動パターンから、どの様な効果的なエンリッチメントを行う対策が立てられるのか検討しました。ひとつの方法として、エンリッチメントを分割して行っていく方法を考えつきました。この日のように遊具が5つあるなら時間を隔てて追加投入する方策が考えられます。ゴーゴにとって、午前は活発で午後は退屈する時間帯だとすると、午後により多くの遊具やえさの投入を行えば、エンリッチメントの効果をより高められるかもしれません。
 例えば生きたコイなど確実に反応する採食系のエンリッチメントを行うならば、午前中に行うと遊びの妨げになる可能性がありますが、遊びが少なくなり常同行動が増えてくる13時30分以降にすれば、午後からの常同行動の割合はその間は下げることができるでしょう。
 このように導入したエンリッチメントを観察しながら記録して、その結果を評価します。そして再調整することを繰り返すことで動物の暮らしを少しでも豊かにしていくためにエンリッチメントの方針を立てていきます。

長い棒はよく振り回して遊びます。遊び方も様々で使い込んでいくうちにてこの要領で振り回しその感触を楽しんでいるかの行動が見られました。

この日は様々な形状の遊具があり、午前中はどれで遊ぶか迷い遊びに集中しきれない面も見られました。 しかし午後からは複数の遊具を同時に使っている姿も見られました。

●長いトンネル
 しかし先に触れたように、2008年2月ごろから工夫して遊具を与えても、全く遊ばなくなってしまいました。ついこの間まで与えたら一日遊び続ける程のお気に入りの遊具を与えても見向きもしなくなり一日中常同行動に陥りました。無反応な行動はさらに続き、私は担当者として2年目を迎えました。
グラフ
注意・・パトはパトロールの略です。移動はパトロールに改めました。

 4月23日のデータでは朝から常同行動が目立ちます。三種類の遊具を9時30分、11時30分、13時の3回に分けて投入しました。遊びを示す、緑の線に弱い反応は現れていますが、少しいじった程度と思って下さい。13時30分から14時30の紫の線の採食の反応はリンゴを与えました。黄色いパトロールの反応は、飼育員に対して何かを期待して現れる反応のようです。寝室収容前のパトロールはいつもの儀式のようです。このデータが示すように何もしなければほぼ一日中、常同行動をするかのような低調さが伝わってきます。しかし黄色い線から担当の私に何かを期待している動きも見て取れます。ゴーゴは何を求めているのでしょうか。
さてこのような状態からこれからどうやってエンリッチメントを進めていけばよいのでしょうか。でも皆さん心配なさらないでください。これまでいくつかのエンリッチメントをゴーゴは気に入ってくれて、行動が活発になってきました。
次回はこれまでに効果のあったエンリッチメントを紹介したいと思います。お楽しみに。

4月23日の風景

おもちゃを与えても遊ぼうとしません。

遊具を与えても遊ぼうとしません。遊ぶのはもう飽きたと言わんばかりに 表情も退屈そう。
午後から採食する機会を与えました。

午後から採食する機会を与えました。そのままのリンゴと細かく切ったリンゴを運動場全体にばらまく二種類の方法で行いましたが、細かいリンゴはすべて見つかるまで探しませんでした。

(上野 将志)