新米ゾウ係糞闘記


「ラニー博子〜愛に飢え愛に狂った孤独なゾウ」

 ゾウはふつう自分のフンなど触らないものです。しかしラニー博子(以下博子)は自分のフンを触るのが大好き。いつも自分の周りにフンをならべてつぶし、いらつきながら体を揺すっている様子が見られます。普通、雌のゾウは群れで暮らし、仲間を思いやりながら暮らすものなのです。しかし博子は他のゾウや飼育係を思いやることはなく、いつも自分が可愛がられることだけを考えています。ですから他のゾウたちからも嫌われていました。

来園、間もないころのラニー博子
来園、間もないころのラニー博子

 博子は生後間もない赤ちゃんのころ、インドの森の中で、亡くなったお母さんのそばで泣いているところを助けられ日本にきました。おそらくお母さんが亡くなる姿を見たのでしょう。最初の担当者だった方にお話しを聞くと、幼い赤ちゃんなのにまるで疲れきった年寄りのような顔をしていたそうです。本来ならばいつもお母さんといるはずの子ゾウにとって、孤独は何より怖かったことでしょう。当時の飼育係の方は、ずっと動物園に泊まって世話をしましたが、たまに部屋から出ようとすると扉の前に立ち「行かないで」と鳴いたそうです。

 本来ゾウは群れの中で家族からいろいろなことを学びます。あいさつやお礼、ごめんなさいの言い方など、おばさんやお姉さんに世話をしてもらい妹や弟の面倒を見ることでゾウ同士の付き合い方を学ぶのです。しかしずっと人に育てられた博子はゾウ同士の付き合い方を知りません。だから大きくなり他のゾウたちと暮らし始めても、自分の思い通りにならない他のゾウや人に対して暴力をぶつけることしかできません。そして次々と飼育係が入れ替わることで人のことも信用できなくなったのですが、唯一自分を裏切らずにいつも一緒にいてくれたのが自分のフンだけだったのです。だから今でもフンが一番の友達なのです。その一番の友達ですら、踏みつぶし引きちぎってまた引き寄せて…相手がどうなろうと、そばにいてくれたらそれでいいようです。
 歴代担当者たちは口をそろえて言います。「博子は絶対信用するな」もはや博子はどれだけ愛情を注いでも、暴力でしか応えられないゾウになってしまったのです。博子にとって群れとは支えあうものではなく支配するものなのです。こんな博子ですが、調教など新しいことを勉強することは得意なのです。春子は頑固で「わしゃパソコンなどしない」と言い張るタイプのゾウですが、博子はエサにつられてどんどん新しい事に挑戦するのです。元が不器用なのに新しいことに必死にチャレンジするお茶目な一面があるのです。もし家族のぬくもりの中で育っていれば、きっとおっちょこちょいで可愛いゾウになったことでしょう。

 先日、また博子の夢を見てうなされました。動物園を脱出した博子が、どこまでも追いかけてくる恐ろしい夢です。しかし夢から覚めてふと思いました。あの時の博子は不安で怖くて、助けを求めて私を追いかけて来たのではと。本当に恐ろしくて、でも放ってはおけない孤独なゾウが、ほんのわずかな気配りを見せてくれることがあります。ほんのわずかだけど博子にとっての精一杯の気配りが、とても尊く思えることがあるのです。

(西村 慶太)