天王寺動物園では、2004年にブル、2007年にブルの息子のサブと相次いで雄が死亡してしまい、以来、雄の雄大な姿を見ることができませんでした。オランウータンは大人になるとはっきりと雌雄の区別がつきます。雄は雌よりも体が倍近く大きく、体毛も長くなります。また、顔の左右の頬が突出してきます。これはフランジと呼ばれ、なんともいえない特徴的なで顔つきをしています。そんな雄を見ることができないことは寂しいことですし、何よりも雌だけでは絶滅の危機にあるオランウータンを繁殖させることができません。
 そこで、所有権は豊橋総合動植物公園あるのですが、神戸市立王子動物園で飼育されている39歳の雄のミミを期間限定で繁殖を目的に借り入れる話が持ち上がりました。しかし、輸送檻に入ったオランウータンをどのようにして寝室へ収容するかが問題になりました。輸送に使われる檻の規格では、当園のオランウータン舎内の構造上、安全に寝室へ収容することが困難であることが判明しました。麻酔で眠らせて人力で寝室に運び入れることもできますが、当日の朝、王子動物園で麻酔を打ち搬出するため、1日2回も麻酔を打つことは身体にかなりの負担がかかります。 また翌日に麻酔を打つとしても、怪力を持つオランウータンを輸送檻に入れた状態で放置するのも安全管理上問題がありました。皆で協議をしたが、搬入当日に寝室の入口扉に輸送檻を固定し収容する選択しかありませんでした。当然、寝室の入口扉と檻の規格が合わないので、事前に檻の図面を基に、隙間に鉄板を張るなどして念入りに補強工事を行いました。
 そして、本年3月2日、待望の雄が入園してきました。寝室の扉に檻を設置し暴れても動かないようにワイヤーで頑丈に固定し、安全確認をした後、寝室側の扉を引き上げました。

王子動物園での捕獲作業
王子動物園での捕獲作業

 まだ麻酔の効果が残っていたせいもあったのでしょうか?ゆっくりとした動きで、辺りを確かめるかのように入室してくれたので大きなトラブルもなく無事に寝室へ収容することができました。最悪の事態も想定していましたので一気に緊張の糸がゆるみました。

寝室に収容されたミミ
寝室に収容されたミミ

 翌日からは、隣の寝室との往復や檻越しに餌を手渡すことを繰り返しながら、ミミの性格やクセなどを探ります。初対面しては特に問題なくスムースに動いてくれました。個体の性格はあると思いますが、以前いたブルは寝室を移動するときに扉の間に座り込み扉を閉めさせないように(居座り)、いやがらせのような行動を度々しましたが、ブルに比べれば、さほど扱いにくい個体でもないように感じました。今のところは…。
 次に、放飼場への出入りに慣れてもらいます。警戒心が強いので初めて見る風景、周囲の状況をじっくりとうかがい、納得しないと出にくい時や、寒いのが苦手なようで、外の様子を見て、すぐに引き返す日もまれにありました。
 そして、いよいよ38歳の雌であるサツキと放飼場で柵越でのお見合いです。お互いの寝室は離れていましたが、わずかに姿が見える位置にありましたので、互いの存在を認識していたはずなのですが、いざ放飼場でお互いがその姿に気づくと興奮し、一目散に檻越しに接近しサツキミミの顔へ「ペェッペ、ペェッペ」とツバをかけまくったのです。ミミの方はツバを拭う程度で、まだ落ち着ついていました。その後の見合い中も近寄ればツバを吐かれるといった日々が続きました。

サツキと同居初日のミミ
サツキと同居初日のミミ

 ミミに対して、なんら興味を示す行動は確認できない中、サツキの排卵予定日が近づいてきました。同居させると、雄の習性から考えると真っ先に襲いかかり、交尾を迫るだろう考えられましたので、サツキが襲われても負担がかからないように先に放飼場へ出してから、ミミを出すことにしました。しかし、寝室の扉を開けると、なんとサツキの方から寝室内に突入し取っ組み合いの闘争を始めたのです。予想外の展開でした。放飼場に出てからも取っ組み合いは続き、お互い顔や腕に傷を負いましたが、大事には至りませんでした。結果的に排卵予定日を過ぎての同居だったのも原因のひとつと考えられます。

同居初日のサツキとミミの闘争
同居初日のサツキミミの闘争

 2回目の同居は前回の例を踏まえ、排卵予定日より前に同居を試みました。放飼場で出会うと、また取っ組み合のはじまりです。またかぁ…って感じでした。しかし、しばらく経って様子を見に行くと2人仲良く寄り添っているではありませんか。そして、交尾へと進みました。この日を境に2人の距離は一気に縮まったよう見えましたが、ベタベタしてくるサツキに対しミミは面倒くさそうに背を向ける態度をとることが多いようです。年齢のせいもあるのでしょうか…?今回は排卵前後の10日間同居しましたが、初日から3日間に交尾しただけでした。期待をしていましたが、残念ですが妊娠には至りませんでした。
 オランウータンの繁殖計画は、まだ始まったばかりです。今後も2人の様子を見ながら、もう1人の雌である22歳のモモコとも同居していく予定を組んでいます。何とか絶滅の危機にあるオランウータンの繁殖を成功させたいと思っています。

(文:久田 治信、写真:佐野 祐介)