子どもたちに教えられて
 1979年、環境庁による「全国の昆虫類分析調査報告」が新聞に載り、かつてはどこにでもいたタガメがいなくなった県があると報じられました。
 その翌年、子どもたちから飼い方を教わり、タガメを飼育し始めました。それから27年間、「水中のドラキュラ」「ゴキブリみたい」などといわれるタガメを飼育し、好きになりました。
 本稿では、失敗と成功をくり返しながら学んだ飼育法と飼育の可能性についてお話します。

タガメを飼育してわかったこと
 水生昆虫最大のタガメは、成虫で冬を越して春から夏にかけて産卵し、7月上旬から9月上旬に羽化し新成虫が誕生します。新成虫は越冬して翌年に産卵します。
 繁殖に成功し、1983年〜1993年の11年間にわたって、自然の温度・日長条件で飼育したところ、いずれの年も産卵は5月下旬から8月上旬に集中していました。まだ暑いのに産卵が止まるのが不思議でした。そこで、越冬後の産卵開始と夏以降の産卵停止について調べました。

産卵用の水槽
産卵用の水槽

産卵開始・停止と温度・日長の関係
【実験(1)1996.1.6〜1996.2.5】
 越冬中の個体を長日(16時間)水槽と短日(12時間)水槽に移し加温すると、長日水槽の個体の卵巣は発達し、短日水槽の個体は卵巣が発達しないことが確かめられました。
【実験(2)1996.7.24〜1996.8.23】
 次に、8月に28℃で長日条件に移された成虫は、産卵を継続しましたが、同じ温度条件でも自然の日長条件(短日)を経験すると産卵を停止しました。この成虫を解剖すると、成虫休眠の特徴である未発達な卵巣と発達した脂肪体が見られました。

自然に適応した産卵のメカニズム
 【休眠】→日長→温度→【産卵期間】→日長→温度→【休眠】
 実験の結果、上記のようなメカニズムが分かってきました。
休眠していた雌の成虫は、(1)日長の条件が満たされ、(2)温度の条件が満たされると、えさを食べ始め卵巣を発達させ、産卵を開始します。
 その逆に、雌の成虫は産卵途中でも、(1)日長の条件が欠けると産卵を停止し、休眠の準備にかかり、(2)温度の条件が欠けると休眠に入ります。

3年目も産卵に関わった“♂50”
 飼育下では、今年生まれた幼虫が5回の脱皮を経て成虫になり、冬を越して、交尾・産卵が終わった8月頃一生を終える個体がほとんどです。
 しかし、冬を2回越して産卵した雌や、冬を3回越して産卵に関わり、卵を孵化(ふか)させた雄がいます。

孵化(ふか)〈殻を割り卵から出て、一斉に落下する直前〉
孵化(ふか)〈殻を割り卵から出て、一斉に落下する直前〉

血ではなく肉ジュースを吸う
 タガメは、針のような口をカエルなどの体にさし込み、消化液で肉を溶かして吸い取ります。飼育する場合、“小赤” と呼ばれて売られている金魚が、一番えさとして適しています。マグロやイカ、鶏のササミなども食べますが、肉汁が溶け出し水を汚します。
 私は、えさ代を考え食用のドジョウを与えています。冷凍して必要な時に解凍し、体長に合わせて切り、ピンセット等で与えることもできます。

油は“気門”をふさぎ窒息死させる
 えさをやると水面に油が浮きます。水換えでタガメを取り出す場合、水面の油が、酸素を取り込む器官“気門”に付着しないように、油面をオーバーフローさせるか、調理器具の“おたま”でタガメを水ごとすくい、別の容器へ移してから水換えをするなど、細心の注意が必要です。

水温の上昇を抑える工夫
 自然に棲(す)むタガメは、比較的水温の低い、日光の直接当たらないところにいます。小さい容器で一匹ずつ飼育する場合、日光の直接当たらない場所に置くか、ダンボールやベニヤ板で遮光します。

動きの少ない冬季は乾燥に注意
 冬期は、直射日光が当たらず、水温の変化が少ない所に水槽を置きます。見る回数が少なくなるので乾燥に注意します。水槽を食品に使うラップで覆い、水分の蒸発を抑えます。
 また、11月中旬〜5月初旬にかけてはえさを与えません。

産卵期はペアリングの楽しみ
 5月の連休を過ぎると、産卵シーズンの到来です!卵巣の発達と共食いの危険を回避するため、えさはたくさん与えます。水槽は小さくてもよいので、一匹ずつ分けて飼います。
 雌雄(体長:雌66・、雄55・)が複数いる場合は、よく動き回り、腹のよくふくらんだ雌とバナナのような良いにおいを出したり、水面をユッサユッサと波打たせていたりしている雄とを一つの水槽に入れると、翌朝には、産卵が期待できます。2〜3日一緒にしても産卵しない場合は、ペアを代えるか、一時別の水槽に移し、再会させると産卵する場合があります。

卵は雄が水をかけて育てる
 杭(くい)を入れておくと、水面上に、60個〜120個をかためて産みます。卵を育てるのは雄です。卵は7〜10日で孵化します。メスは、次の産卵のために卵塊から離れます。5〜6日で産卵が可能となります。

卵を守る雄
卵を守る雄

 雄が卵塊を守らなかったり、雌のえさになってしまったりしたら、卵は育ちません。噴霧器で水をかけるなど、水分を与えると孵化(ふか)します。

5回の脱皮を経て40日弱で成虫に
 孵化した幼虫は、5回の脱皮を経て成虫になります。窮屈なジーパンを脱ぐように、少しずつ殻を脱ぐ命がけの脱皮に、「がんばれ!がんばれ!」と声を掛けたくなります。脱皮する毎に体が大きくなるのが楽しみです。また、3齢幼虫はエメラルドグリーンで宝石より美しいです。

脱皮〈3齢幼虫から4齢幼虫へ〉
脱皮〈3齢幼虫から4齢幼虫へ〉

常設展示の可能性
 温度や日長が管理できる昆虫館や動物園では、季節展示より、常設展示のほうが都合のよい場合も考えられます。冒頭で書いた、温度と日長をコントロールすることで常設展示が可能ではないかと考えます。

飼育したい人に貸したり譲ったりする 
 ホームページで、幼虫を借り受けて育て成虫になったら返す、“タガメの里親”の企画を見つけました。
 数が少なくなり、自然のタガメを採集することは難しくなっています。飼育して増えたタガメを借り受け、成虫まで育てるという体験は、タガメを知る貴重な体験になることでしょう。
 実物を見たり、飼育体験したりすることで、動物を好きになり、“あなたを守りたい”と考える人がふえてほしいです。

参考文献:
「タガメのすべて」
宮武頼夫監修 橋爪秀博著
1994年 トンボ出版 

(はしづめ ひでひろ)