生き物が好きな皆さんでも、ネズミと聞くと「ちょっと」といわれる方もおられるのではないでしょうか。それは、ドブネズミ・クマネズミ・ハツカネズミなどの家ネズミを思い浮かべるからだと思います。家ネズミは人間に寄生虫や病原菌をうつすなど害を与えるので良い印象はもたれていないのでしょう。でも、ネズミには人間とはあまり関係をもたず、野山で生活をしている野ネズミもいます。そんな野ネズミを紹介したいと思います。
 家ネズミ・野ネズミと言いましたが、これは人間とのかかわりによるわけ方で、学術的(系統的)には、ネズミ亜科とハタネズミ亜科に分けられます。英語ではこれらは完全に分けられており、ネズミ亜科を「マウス」、ハタネズミ亜科を「ボウル」といっています。なお、マウスの中の特別のものを「ラット」といいます。ペットや実験動物のマウスはハツカネズミの、ラットはドブネズミのアルビノ(白化個体)を固定したものです。
 ネズミ亜科とハタネズミ亜科の違いはいろいろありますが、一番の違いは「尾の長さ」と「耳の大きさ」です。それは生活を反映しています。巣は地下にあることが多いですが、餌をとったりするのは地上がほとんどなネズミ亜科のネズミは、尾は長く耳は大きいのです。「頭と胴体の長さ」に対する「尾の長さ」の割合を尾率といいますが、ネズミ亜科の尾率は100%前後、つまり、ほぼ1:1です。その長い尾で上手にバランスをとりながら細い木の枝でも上手に走り回り、大きな耳で天敵などの情報を集めます。それに対して、主に地下のトンネル内で生活しているハタネズミ亜科のネズミはトンネル内でもじゃまにならないようにか、必要ないためなのか尾は短く耳は小さいのです。尾率は60%から30%です。

アカネズミ 日本の野ネズミの代表。
アカネズミ 日本の野ネズミの代表

 近畿地方には、ネズミ亜科の家ネズミ3種、野ネズミ3種(アカネズミ、ヒメネズミ、カヤネズミ)、ハタネズミ亜科の野ネズミ3種(ハタネズミ、スミスネズミ、ヤチネズミ)が棲んでいます。アカネズミは日本の野ネズミの代表といっていいネズミで、日本各地の低地の草原から2000mを越える山地の森林まで棲んでいます。体重約40g、頭胴長約120mm、尾長約115mmで、背中は赤色、腹は白色のツートンカラーのきれいなネズミです。ヒメネズミは、アカネズミを小型にしたネズミで、体重約15g、暗赤色で主に山地の森林に棲んでいます。カヤネズミは明るい茶色で、約6gしかない小さい小さいネズミです。草原に小鳥のような丸い巣を作るので有名です。

ハタネズミ 大発生することもある
ハタネズミ 大発生することもある

 ハタネズミ亜科の代表はハタネズミです。河川敷や畑地、それに低地の草原に住んでいる、体重約35gのネズミです。条件がそろうと大発生することで有名で、日本でも1ha(100×100m)あたり1120頭(推定)になったこともあります。スミスネズミは神戸の六甲山で発見され新種となったネズミです。ハタネズミにそっくりで、上顎の骨の構造をみなくては同定(種類を決めること)できません。ヤチネズミは近畿では紀伊半島の限られたところでしかまだ発見されていない珍しいネズミです。
 ネズミという名がついているのにネズミでないのもいます。モグラの仲間(トガリネズミ科)のジネズミ、トガリネズミ、カワネズミなどです。でもよくみると吻(鼻と口が一緒になったもの)が尖がっているので区別できます。トガリネズミ科の仲間はモグラ科の仲間の特徴である前肢がスコップ状にはなっておらず、ネズミと同じ形をしています。体重約10g、頭胴長約70mm、尾長約40mmの小さく細い黒っぽいのがジネズミです。河川敷で散歩させていた犬がモグラを捕まえたといって見せてもらうとそれはほとんどがジネズミです。母子が一緒に行動するときに、母親の尾の付け根を子供がくわえ、その尾の付け根を次の子がくわえるというように、何頭かの子が次々につながって移動する行動(キャラバン行動)をすることでもジネズミは有名です。
東日本、北日本には多い、ジネズミとそっくりなトガリネズミは近畿地方ではほとんど記録されていません。山地のきれいな渓流にしか棲んでいないカワネズミは近畿地方でもあまり記録されていません。毛に空気を含むので銀色に光る水中を泳ぐカワネズミの姿を一度見たら忘れられないのではないでしょうか。

カワネズミ(標本) モグラの仲間です
カワネズミ(標本) モグラの仲間です

 淀川のような都市を流れる川の河川敷は、野生動物にとって都市における唯一の生息場所となっていることが多いと思われます。その河川敷が野生動物の移動のための通路(コリドー)としての働きがあることが最近指摘され始めました。
 でも、その河川敷が支流の流入や公園などの人工物により分断され、移動が妨げられると、コリドーとしての機能は果たせなくなり、そこに棲んでいる野生動物は孤立してしまいます。特に、野ネズミなどの小哺乳類は鳥や昆虫のように空を飛んでの移動ができないので、孤立して一度絶滅してしまうと、もうその場所には棲むことができなくなります。小哺乳類は、中型哺乳類、猛禽類、蛇類などの餌となっており、小哺乳類の絶滅はそれらの動物の生息に重大な影響を与えると考えられます。
そこで、アカネズミの移動にとって、支流の流入や公園などの人工物がどの程度障害になっているのかを調べました。調査地には移動の障害になると考えられる3つの支流があり、それらの支流の両端の土手から本流までの間に生け捕りわなを仕掛けました。その結果、3つの支流両岸で捕獲された総個体数は各々27、26、37頭で、そのうち複数回捕獲個体数は各々22、22、23頭でした。それら複数回捕獲個体のうち支流を隔てて移動して捕獲された個体は各々1、5、5頭でした。各支流両岸でのアカネズミの平均移動距離は各々7.4m、14.7m、9.4mで、それぞれの支流の幅は約6.0m、約4.0m、約5.0mと平均移動距離より狭かったのですが、両岸で捕獲された個体は少なく、支流が移動の障害となっているのは明らかでした。両岸を移動した個体の捕獲地点は倒木など両岸の移動を可能にする物の近くに集中していました。

カワネズミ(標本) モグラの仲間です
支流にかかった倒木
 これがあればアカネズミは移動できる

 つまり、細い枝を渡ることができ、70cmほどのジャンプ力を持つアカネズミの移動を妨げないために、河川敷に流入する支流などには、移動を可能にする倒木のようなものが必要で、そのことがアカネズミのその地域からの絶滅を防ぐことになり、その結果、アカネズミを餌とする他の動物をも守ることになると考えられます。

(おんち みのる)