天王寺動物園では、姉妹都市のオーストラリア・メルボルン動物園からコアラの寄贈を受け1989年から飼育を開始し、繁殖にも成功しましたが、現在は5頭を飼育しています。今回はコアラの飼育の苦労話をお届けしましょう。

コアラの親子

 コアラは皆さんご存知のようにオーストラリアの動物ですが、その分布は東海岸沿いに南北に長く広がっています。以前は北からクィーンズランド、ニューサウスウェールズ、ビクトリアの3亜種に分けられていましたが、現在では遺伝的には差異がないことがわかり亜種には分けられていません。しかし、形態的にはかなり異なっていますので、クィーンズランドとニューサウスウェールズを北方系、ビクトリアを南方系と便宜的に呼んでいます。天王寺動物園では南方系のコアラを飼育しています。南方系の方が大きく、体重は雄で10kg以上、雌で8kgぐらいあります。一方、北方系では雄で6.5kg、雌で5kgぐらいしかありません。
 コアラはカンガルーなどと同じ有袋類に属する動物で、雌のお腹には育児嚢と呼ばれる袋があり、この中で赤ちゃんを育てます。妊娠期間は30〜35日しかないので、生まれた赤ちゃんはとても小さく体長2cm、体重も1gぐらいしかありません。生まれた赤ちゃんは自力で育児嚢に入り、そこで半年ぐらい過ごします。
 コアラといえば「ユーカリを食べる動物」というイメージがあると思いますが、実際は「ユーカリしか食べない動物」といった方が正しいでしょう。ユーカリ以外のいろいろなものを食べてくれると飼育も、もう少し楽なのですが、かたくなにユーカリしか食べないので、たいへん飼いにくい動物です。オーストラリア全土の樹木の4分の3はユーカリだといわれています。そこで樹上生活をするコアラにはユーカリを食べる以外に道はなかったのではないでしょうか。
 しかし、ユーカリと呼ばれている木は実は600種類以上あります。その中でコアラが食べるユーカリは40種類ぐらいで、生息する地方により食べる樹種が異なり、それぞれのコアラが食べるユーカリは14種類ぐらいです。コアラはいかに偏食家かおわかりいただけるでしょう。そのうえ、ユーカリの栄養価は低く、いくら食べてもあまり栄養はありません。そのため、コアラは1日のうち15時間ぐらいは寝て過ごし、なるべく体力を使わないようにしています。皆さんがコアラを見に来られた時にコアラが動かなくても運が悪いわけではありません。ほとんど寝ているのが普通なのです。
 さて、天王寺動物園のコアラの紹介をしましょう。1990年に来園した最年長のハク(♂19歳)、年はとっても美人?のリア(♀16歳)、顔が大きく貫禄のあるミク(♂15歳)、少しとぼけた表情のクミ(♀14歳)、最後に元気はつらつ、やんちゃ坊主のアルン(♂11歳)の5頭です。ミク、クミ、アルンは天王寺動物園で生まれたコアラで、展示室で皆さんにお目にかかっているのは、この3頭です。他の2頭は高齢で体力面に不安があるので予備室で飼育しています。
 コアラの餌は天王寺動物園でも、もちろんユーカリですが、5頭分を園内では確保できないので、大阪府下はもとより、温暖な沖縄や鹿児島、和歌山などでも栽培委託しています。栽培地を分散しているのは、どこかが台風などの被害を受けても、他の栽培地で補うことができるようにするためです。とにかくコアラの飼育で重要なのはユーカリの確保です。ユーカリを切らすことは、コアラの死を意味します。
 こうして各地から入荷したユーカリをコアラが食べやすいように、余分な枝や葉を切り落とし、餌として給与できるユーカリの枝ができあがります。コアラはユーカリの新芽しか食べないので成長した葉が多くついていると新芽が隠れてしまい、食べてくれないのです。また、ユーカリの枝そのものが傷むので余分な枝は除去します。

ユーカリの整枝

 そして、餌を作る際には、5頭のそれぞれの好みを把握していなければなりません。どのコアラがどの種類のユーカリが好きかはもちろん、同じ樹種でも栽培地が違うと味も違うようで、食べたり食べなかったりします。一見、とてもわがままなように見えますが、ユーかりしか食べないコアラにとっては、このこだわりが身を守るために必要なのかもしれません。
 コアラ館の各部屋には監視カメラが設置されており、採食時間を把握するために行動は24時間録画しています。それぞれのコアラが1日のうち何時間餌を食べたか、どのような行動をしていたかを毎日ビデオを見て記録しています。また、1週間に1回体重測定も行っています。このように健康管理を行い、体重が減少してきたり、1日の採食時間が少ないコアラには飼育係が手で直接ユーカリを口元に持っていき食べさせる「ハンドフィーディング」を行います。この「ハンドフィーディング」は誰でもできるわけではなく、コアラが信頼している飼育係にしかできません。コアラはのんびりしているように見えますが、実は神経質な動物で、聞きなれない音や慣れていない匂いがすると餌を食べるのをやめてしまいます。そのような訳でハンドフィーディングを行う前には必ず洗剤で手を洗い、消毒し、静かな状態で行います。カメラのフラッシュもとても気にしますので、皆さん、ご注意をお願いいたします。

ビデオ解析
体重測定

 このように書いてみると、手間のかかる、たいへんな動物のようですが、実はとても愛嬌のある、見ているだけでも癒される動物だと思います。
 天王寺動物園では、毎日午後1時すぎに餌のユーカリを入れ替えています。新しいユーカリが入ってから、しばらくの間は新鮮なユーカリを求めてよく動き回り、餌を食べる姿をご覧いただけます。ぜひその時間帯にお越しください。

 

(油家 謙二)