「春子の余裕」

 ある朝ゾウ舎に行った時の事です。ゾウたちにあいさつを終えた後、春子の部屋から金属を床にこすり付けるような奇妙な音がします。様子を見に行くと、スッと何かを口の中に隠す春子春子の前から離れると再びこすり始める音が。部屋の前に戻ると春子が鼻に持っていたのは金属のバネのような物でした。ゾウには輸入された干草を与えており、この干草に時々このようなゴミが混ざっているのです。これを見つけたのが先輩飼育係なら「渡しなさい」と中に入って取り上げられるのです。だからスッと口に隠すのですね。しかし、目の前にいるのは見習いの小僧ひとり。こいつなら何もされまいと安心した春子は得意げにバネを持ち、何と私の前に差し出して見せてくれるのです。見習いの私がひとりで近づけないことがわかっているので余裕なのでしょう。
  しかしその時です。別の部屋のラニー博子がうなり声をあげたため、春子はバネを落としてあわててUターンし、ラニー博子を確認します。そして不自由な右目をこちらに向け、博子を見て硬直しているスキにこっそりバネを拾い、その場から立ち去りました。春子にしてみれば小僧相手に思わぬ失敗だったことでしょう。

(飼育課:西村 慶太)