「調教されているのはどっち?」

 夕方、ゾウたちを寝室に収容してからの作業。ラニー博子の健康管理のために行う調教、そのひとつに「脚上げ」と呼ぶ項目があります。
 「マワレ」の号令で博子が我々に尻を向け、柵(さく)の間から左後肢を出します。「ヨシ!」で次は右後肢を出し、「ヨシ!」でこちらへ向き直ってご褒美のリンゴをもらう。これを何回か繰り返すのです。このように柵(さく)の外に後肢を出し、じっとする練習をすることで鎖の繋留(けいりゅう)、爪の手入れ、ケガの治療や採血などを柵(さく)の外から安全に行う事ができるのです。しかし、これは同時にゾウとの駆け引きの時間でもあるのです。この「脚上げ」を通して我々がゾウの心や機嫌を探ると共に、ゾウも我々キーパーを探っているのです。
 私もこの「脚上げ」を始めて1年余り経ちました。先輩の調教時には、ちょっとした手抜きや反抗を即座に見抜かれて注意され、引き締まる博子。しかし我々見習いになると、さっさと済ましてえさをもらおうと適当な態度。最初のころは私をお客扱いし、きちんとしていたのですが、慣れてくると少しずつ人を試してきます。厳しくしかっても全然平気で時には「ちゃんとしろオマエ」と逆ににらみ付けられる始末。こちらの気分や体調は全て博子にお見通し。ゾウの侵略を見抜いてしかるだけでなく、気配りや努力を見抜いて褒めてあげることも大切です。私とラニー博子との対話はまだまだ始まったばかりなのです。

 
(飼育課:西村 慶太)