ホッキョクグマを絶滅危惧種に指定!
 2006年5月1日、世界の科学者や政府機関でつくる国際自然保護連合(IUCN)は、近いうちに地球上から姿を消してしまうおそれのある動植物種を載せた最新版レッドリストを公表しました。
 ホッキョクグマは、1996年以降、絶滅の可能性は低い(Lower lisk/ conservation dependent)とされてきました。しかし、最新版レッドリストでは、絶滅の危機が増大している(Vulnerable)と判定されたのです。

地球上のホッキョクグマの生息状況
 1600年以降に起こった野生動物の大量絶滅は、その98%が人間活動によるとされています。2006年2月26日、世界の人口は65億人を突破しました。一方、地球上に生息する野生のホッキョクグマは、2万〜2万5千頭です。私たち人間が彼らの運命を握っていることは間違いありません。
 ホッキョクグマは、北極圏の海洋環境に大きく依存しており、出産頭数が少ない、繁殖開始年齢が遅い、さらに保育期間が長いため、近年の地球温暖化の加速化についていけないのではないか心配です。IUCNは、北極海の氷の溶解が急速に進むと、その生息環境は減少・悪化し、今後45年間で個体数は30〜50%減ると予測しています。実際、カナダのハドソン湾西部では過去10年間に生息数が15%減少したとされています。他にも、環境汚染、船舶の航行や観光、原油や天然ガスの発掘開発、そして乱獲などの影響が及んでいます。

世界および国内の飼育状況
 世界では、160施設で389頭が飼育されています。(2003年現在)世界的に飼育個体数の減少が加速しており、2003年の報告では、98年と比べて139頭も減少しています。日本では、24施設で世界の飼育頭数の約1割に当たる50頭を保有しています。(2005年現在)したがって、国内の動物園がホッキョクグマの種保存に果たす役割は大変重要です。

国内の繁殖状況
 2005年に出産に至ったのは、たったの3園でした。現在、自然繁殖が成功しているのは、札幌市円山動物園だけです。2003年に産まれたツヨシは、釧路市動物園へむこ入りしました。現在は、2005年に産まれたピリカ(雄)がすくすく育っています。他に、和歌山のアドベンチャーワールドが2000、2002、2005年と出産に成功して人工哺育を試みていますが、子どもは死亡しています。浜松市動物園では、2001、2004、2005年と出産に成功していますが、親の食殺により子どもは死亡しています。この2園が育子あるいは人工哺育を成功させ、次世代を残せることを心から祈っております。

国内における繁殖の課題と目標〜ホッキョクグマを残すために…   
 動物園でベスト10に入る人気動物のホッキョクグマとて、50年後に健全な飼育個体群を残せているかどうか、心配です。カナダ(マニトバ州)では野生個体の国外搬出について否定的な見解を示しており、現実的には今後は国内での繁殖に頼らざるを得ません。

 国内では、雄20頭、雌30頭と性比が偏っており、交尾可能な雄も限られています。現在、繁殖適齢期の雌個体だけで単独飼育されている施設が複数あり、動物園全体で協力して雄個体の導入あるいは他施設への搬出を行い、繁殖ペアを多くつくる必要があります。また、交尾可能な雄個体を自施設の交尾終了後に、他施設へ種付けのため貸し出す、という繁殖を目的とした個体の施設間移動など積極的に取り組むべき課題があります。財産価値や所有権の問題をはじめ、麻酔技術や輸送など行く手を阻む障壁は多いですが、無駄に経過させる時間は残されていないかもしれません。



こうすれば繁殖がうまくいく!?
 これまでに国内の23施設で151頭の子どもが生まれていますが、成育したのは、たったの6施設で19頭(12.6%)のみです。

 この数字を見ると、いかに出産後の育子が難しいかがわかります。死亡原因のほとんどは、母親が寝室や放飼場など安心できる産室以外で出産したため起こる育子放棄です。
 どうすればうまくいくのでしょうか? 言うまでもなく、まずは交尾可能な雄の存在が重要です。雌の勢いに圧倒され、交尾できない雄もいます。雌が妊娠したら、次は出産と育子です。出産予定日の予測と静かで安心できる育子環境の整備が必要です。雌を出産予定日の半月くらい前から産室へ閉じこめた後は、約100日間は水の補給以外は給餌も掃除も行わず、刺激しないよう静かに見守ります。そもそも巣穴の中は、母グマが体を丸めて入れる程度の大きさで、自分の息づかいと鼓動と子どもの鳴き声しか聞こえません。繁殖に成功している施設の半分は、別府ワンダーラクテンチ、天王寺動物園、愛媛県立とべ動物園ですから、暑い地方でも繁殖が可能だということが証明されています。
 とにかく、成功の秘訣は、母グマが安心できる育子環境を準備することと言えます。

人工哺育と人工繁殖〜新技術で個体増殖の確率を上げられるか?
 雌が育子できない場合、人工哺育してでも個体を成育させる努力が必要です。1999年、とべ動物園が唯一人工哺育を成功させています。以前、精製γ-グロブリンやオリゴ糖の添加などが必要と言われましたが、とべ動物園の成功例では用いておらず、人工乳として犬用ミルクのエスビラック(共立製薬)を使用しています。
 遺伝的多様性を保持した飼育個体群を残すため、雄からの精液採取および精液凍結保存法の開発を進めると同時に、世界で未だ成功していないクマ類の人工授精についても研究を進めていく価値があるでしょう。

ゴーゴに期待しています!
 今回、天王寺動物園が海外から新たな血統を導入できたことは、今後国内で遺伝的多様性を考慮した繁殖計画を検討しやすくなります。国内では、交尾可能な雄個体が少ないため、ゴーゴの成長に期待しています。性成熟までに、相性ぴったりなお嫁さんが見つかるとよいですね。天王寺動物園は、国内では繁殖実績のある数少ない施設なので、ゴーゴでも繁殖の成功を期待しております。

おわりに
 2005年9月24日、兵庫県立コウノトリの郷公園で、野生個体群が消滅していたコウノトリの飼育個体5羽が野生復帰に向けて試験放鳥されました。このような希少野生動物の保護増殖には、動物園が培ってきた野生動物の飼育繁殖技術が活かされています。
 地球上の美しい生物を次世代の子どもたちに引き継ぐため、大人は失われつつある生息地の保全と回復を早急に進めなければなりません。同時に、動物園水族館は、国際的に協働し、生物多様性保全へ長期的に貢献していかねばなりません。そして、おそらく最も重要な任務は、世界で1年間に6億人以上訪れるという大勢の人々に対して、野生動物を魅せて「伝える」ことで彼らを残していきたいという気持ちを育むことであると信じています。


(ふくい だいすけ)
(旭川市旭山動物園主任獣医師、日本野生動物医学会認定専門医)