「見ているだけの1年間」
 私がアジアゾウ担当になり1年がたちました。でも一人前にゾウを扱えるようになるにはまだまだ長い修行が必要なのです(詳しくは、なきごえ2004年Vol.40-11をご覧下さい)。当園ではアジアゾウと触れ合いながら世話をする直接飼育をしています。ゾウの細かい世話ができる反面、事故が起こる危険性も高い飼い方です。ゾウは頭が良く人に順位をつけるため、特に新任の飼育係はゾウにいろいろ試されたり、攻撃の標的になってしまう危険性が高いのです。従って新任飼育係がゾウに慣れるだけでなく、ゾウにも飼育係を認めてもらう必要があります。そのため天王寺動物園ではゾウ飼育マニュアルを作り、その中の新任飼育係育成プログラムに沿って年月をかけて修行するのです。
 さて、最初の1年はどんなことをしていたのでしょうか?マニュアルでは最初の1年間は「予備研修期間」と定められています。これは直接ゾウと接することなくゾウや先輩の作業を観察し、基本知識やゾウとの接し方などを学ぶと共に、ゾウにもこちらのことを覚えてもらうための期間です。つまり言い方を変えれば最初の1年は、ゾウには触らず見ているだけということになります。
 これには正直焦りを感じました。ゾウで一人前になるには年数がかかるという事で、今までの歴代ゾウ担当の先輩たちは20代で入門しているのです。私が入門したのは36歳。天王寺では異例と言える高齢の新人です。この先の勤続年数も短い上に、気力も体力も記憶力も若い頃のようにはいかなくなっている自分に不安を感じていただけにこんなゆっくりしていていいのか?早く前に進みたいという気持ちが先立ち先輩にブレーキを掛けられることもありました。
 しかし、この期間の大切さをすぐに感じるようになってきました。それは自分自身と向き合うきっかけがたくさんできたからです。観察や雑用を通して、自分には足りない要素や直すべき点もいくつも見えてきました。実際にゾウに接するようになればきっと必死で、今みたいに全体の流れを冷静に観察もできないでしょう。とにかく見ているだけの期間を大切に過ごそうと思うようになったのです。
 そして1年がたちました。少しずつですがゾウとの関わりも前進していきます。これからの試練の重さを十分に感じながらも心の中は変に前向きで、好奇心の炎が揺らめく自分を頼もしくも不安にも感じるのでした。

(飼育課:西村 慶太)