タンチョウ保護調査連合会長 正富宏之


 タンチョウの目は何色がご存知ですか?その前に、タンチョウという鳥はご存知ですね。タンチョウヅルなら知っているけれど、という方もおられるかも知れませんが、それは同じ鳥のことです。日本では、このツルにヅルをつけないのが標準の呼び名です。
 さて、最初の質問へ戻りましょう。タンチョウを見たことがないから知らない、あるいは見たことはあるけれど気がつかなかった、という答えもあるでしょう。そういう方は、おそらく一度は読んだことのある「つるの恩返し」とか、「つる女房」という絵本を、もし手近にあれば見てください。必ずタンチョウが描いてあります。もちろん、鳥の図鑑や写真集を見てもかまいません。
 これで最初の質問の答えはわかりました。たしかに、どの絵本や図鑑をみても、さらに動物園で実際に本物を見ても、おそらく目は黒いでしょう。しかし、野外でたくさんのタンチョウの目を注意深く見ると、中には茶髪ならぬ「茶目」や「金目」のツルが見つかります。色はこげ茶色から金色に近いものまであり、違いは近くでよく見ないと分かりません。いずれにしても、普通の黒目と、はっきり異なっています(写真1)。

写真1 タンチョウの目の色
左が普通の黒目で、右は茶・金目。


 もうひとつ問題です。タンチョウの足は黒いですね。では、足の裏は何色か知っていますか。今度は絵本や図鑑、写真などを見ても、おそらく分からないでしょう。答えは黒です。が、やはりたくさんのタンチョウを見ると、中には桃色がかった、肉色の足裏をした個体が、少ないながらも見つかります。
 つまりこうです。タンチョウは、種としてほぼ一定の形や色をしています。しかし、すべてのタンチョウが同じでなく、個体によって少し違いがあります。こうした違いのあることは、私たち自身、兄弟姉妹や身の回りの人を考えてみただけで、生物として当然のことと納得できます。
 ただし、一般に鳥は、哺乳類ほど個体の違いが明確ではありません。そのため、外形から個体を見分けるのはとても難しいのです。特に野外で、しかも遠くにいる場合は無理といってもよいでしょう。それでも、動物園のように間近で見られる場合は、一見同じに見えても、どこかに必ず違いが見つかります。タンチョウが2羽以上いたら、パズルを解くつもりで、個体の違いを見つけてください(写真2)。

写真2 タンチョウの頭部
左右は別個体。どこが違いますか。


 ところで、タンチョウの目には、まぶたがあります。私たちが目を閉じるとき、上まぶたが動いて眼球を覆います。では、タンチョウはどちらが動くでしょうか?これも間近でないと見られませんから、動物園などで実際にご覧ください。なお、タンチョウには、ほかの鳥と同じように、まぶたと眼球の間にしゅん瞬まく膜という半透明の膜があり、これは前から後ろへ向かって引き幕のようにときどき現れ、目を保護しています。これも近くからなら、見ることができます。ただし、すばやく動くので、見落とさないよう、しっかり見つめていなくてはなりません。

写真3 青空高く飛ぶタンチョウ

 動物園にいくと、片足で立ち、羽づくろいしているタンチョウを見かけることがあります。そのとき、くちばしはどんな動きをしていますか?あるいは、餌の粒を食べている場面に出会うかもしれません。そのさい、餌の粒はどのように口の中へ入りますか?上と下のくちばしは、どちらが動いて口が開きますか?などなど、形ばかりでなく、細かな動きは、近くでないと観察できません。
 しかし、飼育下は、細かなことの観察に都合よいのですが、タンチョウの暮らし全体を捉えることはできません。早い話、タンチョウは鳥ですから、空を自由に飛び、そのことが生活の中で大きな役割を果たしています。春と秋の移動の時期は、風に乗り大きく輪を描きながら、数百mの高さまで上り、やがて目的地へ向かい一直線にすべるように飛んでいきます。残念ながら、飼育下でこの行動は見られません(写真3)。
 また、野外で普通の行動が、飼育下ではさまざまな条件により制限を受け、変形してしまいます。
 たとえば、タンチョウは地上に造った巣へ卵(普通は2卵)を産み、夜は主にメスが抱き、昼間はオス・メス交代で暖めます(写真4)。したがって、自然界における1日の抱卵交代回数は普通4回で、多くても6回です。ところが、飼われていたつが番いで、1日に0回から12回という記録があります。つまり、1度も交代しなかったり、かと思えば頻繁に交代したり、といった具合です。
 したがって、動物園などで飼われている個体の行動だけを見て、それがその種の普通の生活だと考えるのは危険ですし、反対に、野外で遠くにいる動物の細かな動きは、なかなか正確に捉えられません。つまり、自然の状態と飼育している状態の二つの場合をあわせて観察するのが、その動物の生活をしっかりつかむ、一つの有効な方法です。
 さらに、動物がなぜそうした行動をするかを理解するのは、野外の生活を見ているだけではなかなか解けません。なぜ?どうして?に答えるには、条件を整えた実験も必要です。が、それを野外で行なうのは非常に難しいことです。そのため、条件を整えやすい飼育下の個体を使う実験が、大きな役割を持ってきます。

写真4 抱卵交代
卵を抱いていた個体が飛び立ち、交代者
(左)が巣の上に乗って卵に注目している。

 しかも、こうした観察なり実験なりをたった1回行っただけで、全体が分かったつもりになるのは、とても危険だということです。ある動物園にいたタンチョウがたまたま茶目だったのをみて、タンチョウという鳥の目は茶色だ、と決めてしまうのは間違いです。
 動物を理解するには、自然の状態で見ることはもちろん、身近に見られる工夫も必要なこと、実験も大切なこと、そしてたくさんの観察や実験をしたうえで、結論を出すことが大切です。これはタンチョウに限ったことではなく、すべての動物を理解するときに忘れてはならないことです。と同時に、特に最後の事柄は、ほかならぬ私たち人の暮らしの場面でも、おろそかにしてはならない姿勢だといえるでしょう。

(まさとみ ひろゆき)