イラスト1:直接飼育
ゾウを最も健康に管理できる飼い方ですが、事故の危険が伴います。
イラスト2:間接飼育
ゾウには一切触らず遠隔操作。危険も少なく経験も不問ですが、ゾウがトラブルを起こしても何も対処できません。
イラスト3:準間接飼育
檻越しに棒や号令を用いてコントロールしたり、足や耳を柵の外に出させて治療や手入れをします。独自の調教が必要で、全てのゾウができるとは限りません。

 2004年3月30日、天王寺動物園の職員詰め所の掲示板を見つめる職員の表情は緊張に包まれていました。この日は数年おきに実施される人事異動の発表日でした。
 私たち動物園の飼育係にも定期的に担当替えが訪れます。これはずっと同じ動物ばかりを世話し続けるだけではなく、種類の違う動物をいろいろ担当することにより、飼育係としての技術を向上させることが目的なのです。
 やがて飼育課の掲示板に1枚の紙が張られ、皆が息を呑んで集まりました。すると私西村の名前は、今までいた班とは異なるゾウ担当班の中に書かれていました。こうして私は2004年4月1日よりアジアゾウを担当することになりました。実はゾウ担当になるということは飼育係の中でも特別大きくて重く、大変なできごとなのです。

 それではここでゾウの飼い方を説明します。ゾウの飼い方には大きく分けて三つの方法があります。まずは「直接飼育」といわれる飼い方。(イラスト1)飼育係がゾウのいる空間に一緒に入り直接ゾウに触れながら世話をする方法です。二つ目の飼い方は「間接飼育」(イラスト2)。これは反対に動物には一切触れず飼育する方法でライオンやクマなどの猛獣を扱う飼い方です。そして最後は檻や遮蔽物越しに動物を扱う「準間接飼育」(イラスト3)です。

 現在、天王寺動物園にいる2頭のアジアゾウ(春子ラニー博子)は直接飼育をしています。直接飼育の良い点は、動物の状態がわかりやすく、ケガや病気の治療や健康診断も行うことができます。また過去に、堀に落ちたゾウを引き上げたり、飼育係の誘導で古いゾウ舎から新しいゾウ舎までゾウを歩かせて引越しさせることができたのも直接飼育だからこそできたことなのです。しかし直接接するということは、ゾウが暴れたり攻撃的になった場合に事故が起こる危険性があります。実際、全国の動物園でゾウの直接飼育により飼育係が襲われる事故も多く、動物園界でゾウは危険な動物として扱われているのです。このため人がゾウをコントロールする調教の技術が重要になってきます。

 ゾウが人を襲う原因は数多くあるのですが数の多い事例のひとつとして、ベテラン飼育係より経験の浅い新人飼育係が襲われるケースがあげられます。これはゾウが慣れない新人の反応を試したり、ストレスのはけ口として一番力のない者に八つ当たりするなど新人飼育係がゾウの標的になることが多いからです。そのため天王寺動物園でも事故防止のためにゾウ飼育マニュアルを作成し、その中の新人飼育係の育成プログラムに沿って年数をかけて新人教育を行うのです。すなわち飼育係がゾウに慣れるだけでなく、ゾウにも飼育係を認め信頼してもらわなくてはならないのです。新人が一人前になれる年数は、飼育係の素質やゾウによって異なります。天王寺動物園の2頭のゾウは共に高齢で、年々新しいことを受け入れにくくなってきています。そのため新人が一人前に扱えるようになるのに年数がかかります。そのためゾウの飼育係だけは他の飼育係のような担当替えがないのです。どうですか?ゾウ担当に任命される重みがわかっていただけましたか?

 こうして私は動物園に勤めてちょうど10年でゾウ担当になりました。ゾウ担当は全員で4名。3人の先輩たちも長い年数をかけてゾウを学び、過去には危険な目にもあいながら下積みの日々を乗り越え、今ではゾウにとっての最高のパートナーとなっています。そんな先輩担当者たちはわたしにとっても以前から憧れの存在でした。そんな先輩たちと共に仕事ができるなんて光栄の至りです。そんな重要な位置に任命された重みは嬉しさ半分、不安半分で、毎日が驚きと感激と脅威とプレッシャーに満ちた毎日です。これからの新人育成の過程で、私は厳しい試練の道を歩いて行くことになるはずです。数年先自分がどこにいるのかもわかりません。これからもあわてずに、たくさんのことを学んでいきたいと思います。

(飼育課:西村慶太)

ゾウのブラッシングをする先輩たち。いつか私もこうなりたい!