猿からのメッセ−ジ

写真家
渡辺 眸さん

 今は昔、ネパールに滞在していたときのことです。首都カトマンズから西へ歩いて30分ほどのスワヤンブ寺院の界隈に住んでいました。そこには沢山の猿たちが群棲しており、人々はモンキ−テンプルと呼んでいました。ここで猿たちは、人々が寺院に供物するものを食べ、猿と人間が共存しているのです。
 日本の若草山のような小高い、365段の石段を登っていつものように、寺院の裏側に回ってみました。周りにはひとっこひとりなく、苔むしたストゥ−パ−(石塔)、樹木の香りが身体を包みもこんできます。生い茂った草むら近くに、小さな沼地がありました。どろどろした水たまりといった方がよさそうな、その緑色の臭気のなかで、数匹の猿たちが行水してるのに出会ったのです。猿カキで泳いでいるもの、子猿を背中に乗せピチャピチャしてる毋猿、ひとりじっと水浴びしてもの・・・。 
 わたしは木立の陰から気づかれないようにそれをじっと見つめていました。木陰で見ていたわたしと母親猿と視線があってしまいました。すると猿たちは、いっせいに水場から引き上げてしまったのです。                        
 間もなく、数匹の猿たちがわたしに近づいてきたのです。またたく間に数は増え、7匹、10、20、30、50匹・・・・・。
 気がつくとスワヤンブ中の猿たちに囲まれていたのです。ハヌマン(猿神)率いる猿族の革命でも起こるようでした。
 しかし、彼らは決して攻撃的には出ず、わたしも怖くはありませんでした。なにかわたしを待っているようでした。猿たちはそれぞれの顏をもっていました。猿類と人類の出会いです---その時全ての名辞は消え、歴史も比較も意味も失ってしまいました。ただ生きてるものの生命の確かさだけが伝わってきました。それはあたかも、三億光年太古からの確かなメッセ−ジでした。

(わたなべ ひとみ)